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十一面観世音(本郷)|文京区本郷にある佛像

十一面観世音の概要

十一面観世音は、文京区本郷にある観音像です。十一面観世音は、かつて当地にあった真光寺の境内祀られていた仏像で、太平洋戦争で真光寺が罹災し世田谷区へ移転した後も、十一面観世音は本郷薬師堂と共に当地に残されたといいます。

十一面観世音(本郷)
十一面観世音の概要
山号 -
院号 -
寺号 -
住所 文京区本郷4-37
本尊 十一面観世音像
宗派 -
葬儀・墓地 -
備考 -



十一面観世音の縁起

十一面観世音は、かつて当地にあった真光寺の境内祀られていた仏像で、太平洋戦争で真光寺が罹災し世田谷区へ移転した後も、十一面観世音は本郷薬師堂と共に当地に残されたといいます。

十一面観世音の縁起

元この地にあった天台宗真光寺の観世音銅像(座像長四尺八寸)は、十一面観世音菩薩と呼ばれ地域に親しまれている。東は現本堂通り、南は現春日通りに囲まれ、少し奥まった所に真光寺はあった。真光寺は藤堂高虎によって再建された寺であり、本郷薬師及び十一面観世音菩薩は真光寺境内に置かれていた。
十一面観世音菩薩の蓮華座には、「六十六部供養佛 江戸神田鍛冶町 小林修理源義是作」と鋳物師の氏名が刻まれ、依頼主は「当寺第四世 大阿闍梨権大僧都 竪者法仰尚賢子具」とあり、「享保五庚申子(1720)九月日」の紀年銘がある。
観世音信仰が盛んになったのは奈良時代(710〜794)からである。温顔で自ら修行の傍ら、多くの衆生を教化、救済してくれるこの像に人々の信仰が集まった。十一面観世音は本来慈悲の面を基調に、時に応じ、場に従い、様々な顔を使い分け、人々に救済してくれるため、深く信仰の対象となった。
真光寺は太平洋戦争で焼失し、世田谷区給田に移転したが、この十一面観世音菩薩は罹災をまぬがれ、この地に残った。(文京区教育委員会掲示より)


十一面観世音の周辺図