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仲台寺|練馬区旭町にある浄土宗寺院、称念上人創建

仲台寺の概要

浄土宗寺院の仲台寺は、称念山と号します。仲台寺は、天文年間(1532-55)に称念上人が田端に創建したといいます。称念上人は京都東山一心院など47ヶ寺を創建したという浄土宗西山派の名僧で、天文23年(1554)に示寂しています。仲台寺寺地が、小学校として提供することになり、昭和36年当地に移転しました。安永年間(1772-1780)に成立した上野王子駒込辺三十三ヶ所観音霊場10番札所ともなっていました。

仲台寺
仲台寺の概要
山号 称念山
院号 -
寺号 仲台寺
住所 練馬区旭町1-20-1
本尊 阿弥陀如来像
宗派 浄土宗
葬儀・墓地 -
備考 上野王子駒込辺三十三ヶ所観音霊場10番



仲台寺の縁起

仲台寺は、天文年間(1532-55)に称念上人が田端に創建したといいます。称念上人は京都東山一心院など47ヶ寺を創建したという浄土宗西山派の名僧で、天文23年(1554)に示寂しています。仲台寺寺地が、小学校として提供することになり、昭和36年当地に移転しました。

「練馬の寺院」による仲台寺の縁起

仲台寺は、西山派に属する京都東山一心院を開いた称念上人が、生存中造立した四十七寺の一つであると伝えられる。もと田端町(北区滝野川)にあったもので、高台の中間にあったところから仲台寺の寺号がついたものと考えられる。東京芝増上寺の末寺であった。檀徒は、巣鴨青果市場付近に住む人達が多い。
田端町にあった当時には、本堂、庫裡のほか観音堂、闇魔堂、山門などがあったが、昭和20年(1945)4月、戦災で焼失した。かつて本尊を解体したとき胎内文書に雷雨除如来の銘があった。戦後、北区滝野川第七小学校の復興に境内を校地として提供することとなり、昭和36年(1961)に現在地に移転して来た。現在地は戦前は日本郵船社長各務健吉の所有地で光楽社農場といわれていたが、戦後は八丈島の人で菊地という人が所有し、牧場になっていた。境内の墓地には、江戸園芸史に「梅の塚萬」の名を残した荒井与左衛門・万吉父子の墓がある。(「練馬の寺院」より)

新編武蔵風土記稿による仲台寺の縁起

(田端村)仲台寺
浄土宗芝増上寺末、称念山一心院と号す。本尊阿弥陀開山三蓮社縁誉吟翁、天文23年7月19日化す。傳燈総系譜に、縁誉称念初名吟翁、武州江戸品川人、父名藤田道昭久、侍親誉増上寺第七世、後天智庵、今称天徳寺を建云々と載て、当寺を開きし事はもらせり。
観音堂、千手観音を安置す。(新編武蔵風土記稿より)

練馬区教育委員会掲示による仲台寺の縁起

仲台寺は、浄土宗の寺院で、山号を称念山といいます。
天文年間(1532-55)称念上人によって甲端村(北区)に創建されました。
昭和20年戦災により堂字ことごとく焼失しよしたが、同36年、地元の要望で寺域を小学枚用地に提供し、この地に移転してきました。
本尊は阿弥陀如来、脇侍は観音、勢至両菩薩です。阿弥陀如来は平安時代の作ともいわれています。
門前にある安永6年(1777)の碑は、上野王子駒込辺三十三ヶ所観音霊場制定の際、仲台寺が西国十番札所宇治三室戸寺の写しとして選ばれたときの石碑です。
参道左にある如意輪観音の庚申塔は、寛文8年(1668)巣鴨村の人びとによって造立されたものです。如意輪観音を主尊とする庚申塔は全国的にも珍しいといわれています。(練馬区教育委員会掲示より)


仲台寺の周辺図

参考資料
  • 練馬の寺院(練馬区教育委員会)
  • 新編武蔵風土記稿