給田六所神社|世田谷区給田の神社

猫の足あとによる東京都寺社案内

給田六所神社|天文年間に大国魂神社を勧請

給田六所神社の概要

給田六所神社は、世田谷区給田にある神社です。給田六所神社は、天文年間(1532-1554)に府中の大国魂神社の分霊を勧請し創建したといいます。明治6年村社に列格、明治42年神明社を合祀したといいます。

給田六所神社
給田六所神社の概要
社号 六所神社
祭神 天照皇大神など六柱
相殿 -
境内社 稲荷神社
祭日 -
住所 世田谷区給田1-3-7
備考 -



給田六所神社の由緒

給田六所神社は、天文年間(1532-1554)に府中の大国魂神社の分霊を勧請し創建したといいます。明治6年村社に列格、明治42年神明社を合祀したといいます。

世田谷区教育委員会掲示による給田六所神社の由緒

給田六所神社
創立年代、由来など明らかでないが、天文年間(一五三二〜一五五四)、府中六所宮(現大国魂神社)の御分霊を勧請して奉斎したものと伝えられている。
明治六年村社に列し同二十四年社殿を改築、同四十二年給田地内にあった神明社を合祀した。祭神は大国魂大神、天照皇大神ほか六柱、現在の社殿は旧地頭三浦義方奉納の御神号額、宍戸平重郎奉納の御太刀一口を蔵し、例祭日は毎年十月六日である。(世田谷区教育委員会掲示より)

境内掲示による給田六所神社の由緒

創立年月及び古代由緒沿革等は未詳・古老口碑に武蔵国府中の大国魂神社の御分霊を招請して鎮座の由。天文年間の創立とも申し伝へられる。元社号は大国魂神社と称し六所とは中古以来近代まで前記(小野大神、小川大神、氷川大神、秩父大神、金佐奈大神、杉山大神)。大国魂神社(府中)社号を六所宮と称せられしより当社も右に準じ六所神社と改称す。明治六年二月東京告示第三十八号により神饌幣帛料供進神社に指定せらる。
明治四十二年二月一日千歳村給田八五〇番地、無格社神明社の御祭神天照皇大神を合祀。
昭和二十九年十一月二十一日宗教法人登記完了(境内掲示より)

せたがや社寺と史跡による給田六所神社の由緒

六所神社(給田町532)
祭神は大国魂大神で相殿として天照皇大神をまつる。
創立年代、由来など詳らかでないが古老口碑によれば、天文年間(1532-1554)に府中の大国魂大神の分霊を勧請し創立したものであるといわれている。むかしは大国魂神社と呼ばれていたが、府中の神社が六所宮と改めてから、それに準じて六所神社と改詳した。
古木におおわれた域内には明和9年(1772)に池亀久兵衛ら氏子が奉納した石鳥居がある。また神社の宝物として大切に保存されている神号額は旧地頭三浦義方が天保14年(1843)に中社殿改築の際に奉納したもので、一声の書である。
明治42年に千歳村給田850番地にあった無格社、神明社・祭神天照皇大神を合祀している。現在の拝殿は明治24年、本殿幣殿は大正12年に改築、神楽殿・社務所は昭和37年に新築したものである。
境内末社に稲荷神社があり、宇迦御魂命・厳嶋姫命をまつり、石棒を蔵している。
例祭は10月6日である。(せたがや社寺と史跡より)

合祀した神明社について

(給田村)天照大神
除地、四畝二十四歩、村の中程にあり、纔なる祠なり。何の頃よりの鎮座と云ことを傳へず。廻り澤村東覚院の持なり。(新編武蔵風土記稿より)


給田六所神社の周辺図