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品川寺|品川区南品川にある真言宗醍醐派寺院、真言宗醍醐派別格本山

品川寺の概要

真言宗醍醐派の品川寺は、海照山普門院と号し、真言宗醍醐派の別格本山です。品川寺の創建年代は不詳ですが、当初金華山大円寺と称し、弘尊が承応元年に中興開山しました。戦国時代、兵火により焼失しましたが、海照山普門院と改称して復興しております。江戸三十三観音霊場31番霊場、東海三十三観音霊場21番札所、東海七福神の毘沙門天となっている他、山門前には江戸六地蔵の一つが安置されています。

品川寺
品川寺の概要
山号 海照山
院号 普門院
寺号 品川寺
住所 品川区南品川3-5-17
本尊 正観世音
宗派 真言宗醍醐派
葬儀・墓地 -
備考 真言宗醍醐派別格本山、江戸六地蔵江戸三十三観音霊場31番霊場、東海三十三観音霊場21番札所、東海七福神の毘沙門天



品川寺の縁起

品川寺の創建年代は不詳ですが、当初金華山大円寺と称し、弘尊が承応元年に中興開山しました。戦国時代、兵火により焼失しましたが、海照山普門院と改称して復興しております。

初めは金華山大円寺と称し、後改めて海照山普門院と号する。中興開山弘尊が承応元年に再興した。貞享3年7月太田摂津守資直はひそかに寺領100石を寄附した。本尊の正観音は太田道灌の持仏で、長禄年品川の館から江戸城に移った頃、武運の長久と城中及江戸鎮護の為、この本尊を堂内に安置して伽藍を建立した。
水月観音は竜宮出現の像と伝えている。弘法大師が東国遊行の時、この地の押領使品川某に附属され、その家に代々仕えて品川左京亮の時に至っている。後応永年中上杉禅秀の乱の時一族皆討死する。その時本尊を草堂にかくしていた為世に伝えていると云う。妙国寺所蔵永享10年某氏憲泰の寄附状に、寺の南に観音堂のあることを載せているのはこの堂であるとも云う。
その後関東は大いに乱れ、多くの自社の兵火に焼失し、永禄9年小田原の北条氏政今川家に加勢して武田信玄と戦う時に、信玄の北からの急撃により、江戸・品川の民家寺社を焼き払った。当寺も兵火の為ことごとく焼失し、竹森、蔭村という二人の武士によって本尊はうばわれたが、甲州に帰ってまもなく発狂し、本尊を元の地へ遷す様霊夢があって、一人の乞食の聖に頼み旧地にかえしたが、堂宇も焼け亡んでいる為、その礎石の上にわら小屋を作り安置した。その後弘尊法印が堂宇を建立して海照山普門院と唱える様になった。


品川寺所蔵の文化財

  • 銅造地蔵菩薩坐像(東京都指定有形文化財)
  • 絹本著色仏眼曼荼羅図(日本国指定重要文化財)

品川寺の周辺図


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