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宗延寺|杉並区堀ノ内にある日蓮宗寺院、読経祖師

宗延寺の概要

日蓮宗寺院の宗延寺は、報恩山と号し、天正初年頃、相模小田原城下の郷士報新宗延が居宅を道場としたのが開創と伝えられています。天正19年(1591)江戸へ移転、下谷車坂(現台東区東上野)に寺地を賜り、身延山久遠寺末触頭として、善立寺瑞輪寺と並び日蓮宗(旧法華宗)江戸三大触頭の一つに数えられ、塔頭5坊を擁していたといいます。本尊の祖師像は読経の祖師と呼ばれ、江戸十祖師の一つに数えられています。

宗延寺
宗延寺の概要
山号 報恩山
院号 -
寺号 宗延寺
住所 杉並区堀ノ内3-52-19
本尊 十界諸尊と日蓮聖人像
宗派 日蓮宗
葬儀・墓地 -
備考 -



宗延寺の縁起

宗延寺は、天正初年頃、相模小田原城下の郷士報新宗延が居宅を道場としたのが開創と伝えられています。天正19年(1591)江戸へ移転、下谷車坂(現台東区東上野)に寺地を賜り、本山久遠寺の直末触頭をつとめた他、塔頭5坊を擁していたといいます。本尊の祖師像は読経の祖師と呼ばれ、江戸十祖師の一つに数えられています。

杉並区教育委員会掲示による宗延寺の縁起

報恩山宗延寺は日蓮宗の寺院で、本尊は十界諸尊と日蓮聖人像です。当寺は天正初年頃、相模小田原城下の郷士報新宗延が居宅を道場としたのが開創と伝えられています。
その後、天正19年(1591)、開基でもある二世日俒上人が宗風高揚のため本尊の祖師像を背負い、経巻を懐にして江戸に移り、下谷車坂(現台東区東上野)に寺地を賜って、寺の基礎をきずきました。これより寺運の発展は著しく、本山久遠寺の直末触頭をつとめ、江戸中期には寺中に塔頭5坊をおく大寺となったといわれます。
明治維新後、火災により本堂・客殿・庫裡などを焼失し、直ちに再建されましたが、大正8年区画整理のため現在地に移転してきました。
本尊の祖師像は通称「読経の祖師」と呼ばれ、江戸十祖師の一つに数えられて江戸市民に親しまれたものです。また貞享元年(1684)若年寄稲葉正休が大老堀田正俊を刃傷した際に用いた刀(初代虎徹)が寺宝として保存されています。
墓地には正休の墓石のほか、蘭学者馬場穀里・足立渓隣、などの墓があります。
なお、客殿は大正天皇の御産殿を移築したものです。(杉並区教育委員会掲示より)


宗延寺所蔵の文化財

  • 蘭学者馬場轂里の墓(杉並区登録文化財)

宗延寺の周辺図


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