鳳林寺|杉並区高円寺南にある曹洞宗寺院

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瑞祥山鳳林寺|江戸牛込御門外に創建、大正3年当地へ移転

鳳林寺の概要

曹洞宗寺院の鳳林寺は、瑞祥山と号します。鳳林寺は、江戸牛込御門外舟河原(現新宿区市ヶ谷飯田橋駅周辺)に永禄元年(1558)草創、駒込吉祥寺八世松栖用鶴大和尚(1630年歿)が開山、旗本荒川長右衛門重照(1657年歿)が開基したといいます。寛永12年(1635)牛込に移転、明治7年(1874)西早稲田夾山寺を合併、大正3年当地へ移転したといいます。山の手三十三観音霊場21番です。

鳳林寺
鳳林寺の概要
山号 瑞祥山
院号 -
寺号 鳳林寺
住所 杉並区高円寺南2-39-1
本尊 木造釈迦如来坐像
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



鳳林寺の縁起

鳳林寺は、江戸牛込御門外舟河原(現新宿区市ヶ谷飯田橋駅周辺)に永禄元年(1558)草創、駒込吉祥寺八世松栖用鶴大和尚(1630年歿)が開山、旗本荒川長右衛門重照(1657年歿)が開基したといいます。寛永12年(1635)牛込に移転、明治7年(1874)西早稲田夾山寺を合併、大正3年当地へ移転したといいます。

杉並区教育委員会掲示による鳳林寺の縁起

当寺は瑞祥山と号する曹洞宗の寺院で、本尊は釈迦牟尼仏(宋朝風蓮華上宝冠の華厳会釈迦如来像)です。
開創は永禄元年(1558)で江戸牛込御門外舟河原(現新宿区市ヶ谷飯田橋駅周辺)の地に草創され、後に本寺吉祥寺(現文京区本駒込)八世松栖用鶴大和尚(1630年歿)が開山となり、寺容を整えました。
開基は旗本荒川長右衛門重照(1657年歿)で中興開基は同じく旗本で御蔵奉行をつとめた長田新右衛門房重(1693年歿)です。
その後寛永12年(1635)寺域が幕府御用地となり、あらたに牛込七軒寺町(現新宿区弁天町)に拝領地を得て移りました。更に明治末年弁天町通りが拡張されることになり寺域が狭くなり、280年を過した牛込より大正3年現在地に再度移転しました。
明治7年には現新宿区西早稲田にあった夾山寺(吉祥寺末)が当寺に合併しました。
当寺境内には、家庭和合を守る愛染明王と厄除け子育ての延命地蔵尊を安置する二つのお堂があります。延命地蔵尊は行者晴雲が願主となり諸国の神社仏閣巡拝でうけたお札を納めるため元文2年(1737)夾山寺に造立され、「大石仏の地蔵」といい伝えられました。
墓地には幕末の医家多賀谷楽山、書家画家の多賀谷向陵・酔雪、その門人の金井莎邨等の墓があり、太田蜀山人の師内山賀邸も当寺に葬られ過去帳に名をとどめています。(杉並区教育委員会掲示より)

「杉並の寺院」による鳳林寺の縁起

「続備考」は、開創を永禄元年とするが、開山松栖の寂年および開基荒川重照の没年との隔りが大きく、誤伝があるようである。
四メートル近い大石仏の延命地蔵は、元文二年(一七三七)、行者清雲が消災招福のために三百余の施主を募って戸塚の夾山寺(新宿区)に造立し、明治七年(一八七四)同寺が鳳林寺に合併された時に移されたものである。(続備考・明細帳)(「杉並の寺院」より)

「牛込區史」による鳳林寺の縁起

瑞祥山鳳林寺 駒込吉祥寺末
元禄元年牛込門外船河原に起立、寛永十二年七軒寺町に移る。開山吉祥寺八世松栖用鶴大和尚。寛永七年五月十五日示寂。中興開山七世獅白雪庭大和尚、寳暦二年六月廿一日示寂。開基鳳林寺殿高雲相天
大居士俗姓荒川長右衛門重照、明暦三年十月廿九日卒。中興開基瑞祥院殿春山宗榮居士、俗姓長田新衛門尉房重、元禄六年正月九日卒。舊境内拝領地千百八十九坪。(「牛込區史」より)


鳳林寺所蔵の文化財

  • 元文二年銘石造地蔵菩薩立像
  • 寛文九年銘石造観音菩薩立像
  • 天保九年銘石造馬頭観音菩薩

鳳林寺の周辺図