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浄念寺|台東区蔵前にある浄土宗寺院

浄念寺の概要

浄土宗寺院の浄念寺は、化用山常照院と号します。浄念寺は、善連社性誉上人専阿浄念露休大和尚(寛永5年1628年寂)慶長元年(1596)江戸神田駿河台に開創、慶長10年(1605)当地へ移転したといいます。寺領30石の御朱印状を拝領、惣信院、光成院、源信院、露休院、月松院、称専院の塔中を擁していたといいます。

浄念寺
浄念寺の概要
山号 化用山
院号 常照院
寺号 浄念寺
住所 台東区蔵前4-18-11
宗派 浄土宗
葬儀・墓地 -
備考 -



浄念寺の縁起

浄念寺は、善連社性誉上人専阿浄念露休大和尚(寛永5年1628年寂)慶長元年(1596)江戸神田駿河台に開創、慶長10年(1605)当地へ移転したといいます。寺領30石の御朱印状を拝領、惣信院、光成院、源信院、露休院、月松院、称専院の塔中を擁していたといいます。

御府内寺社備考よによる浄念寺の縁起

増上寺末 浅草小揚町
化用山常照院浄念寺 境内拝領地2125坪内門前町屋在之
御朱印寺領30石。当寺起立慶長元年駿河台在之ト聞。其後慶長10年今之浅草小揚町ニ移転ス。
開山善連社性誉上人専阿浄念露休大和尚、寛永5年4月24日遷化。寿130歳。開山上人之由緒書留等無御座候。
中興7世照蓮社享誉上人詮阿白和尚、享保8年8月19日遷化。京都四条浄円寺塔頭喜蓮院ヘ葬ル。此訳分明ならず。(御府内寺社備考より抜粋)


浄念寺所蔵の文化財

  • 三島政行墓(東京都指定文化財)
  • 木造阿弥陀如来立像(台東区登載文化財)

三島政行墓

三島政行は通称を政蔵といい、知遇翁、凸凹斎などの号を称していた。西丸御留守居三島政春の六男として江戸牛込船河原町(新宿区)で生まれた。
15才の時に分家の三島大助政世の養子となり、文政元年(1818)御書院番となり、ついで清水殿物頭に転じた。
文政9年(1826)幕命によって、江戸府内の地誌「御府内風土記」の編纂を行い、三年にして完了したが、明治5年(1872)に焼失、その際に炎を免れた資料集が「御府内備考」である。このほか昌平黄地理局葬祭林述斎を中心として編纂した「新編武蔵風土記稿」「新編相模国風土記稿」の事業にも参画し、「葛西志」などの編纂にも従事しており、その功績は大きい。安政3年(1856)9月29日、年77で没した。(東京都教育委員会)

木造阿弥陀如来立像(平成2年度登載)

浄念寺は浄土宗で、慶長元年(1596)江戸神田駿河台に開創、同10年現在地に移転しました。本像は、開創後間もない頃、ある老翁から寄進されたと伝えますが、詳細な点は不明です。ただし、文政12年(1829)編集の『御府内寺社備考』という記録には、当寺の本尊として記載されていますので、それ以前の伝来は確実です。 像高は、84.8センチ。材質はヒノキで、肉髻珠(頭部の隆起した部分)や白毫(額部の隆起した部分)には水晶をはめこみ、両手は来迎印を結んで、両足を揃えて直立します。
また、背中には横にノコ入れがあります。像内には、本像の制作に用いたノミ・カンナを納めたという伝承がありますので、背のノコ入れはその際のものかと思われます(納入品については現在のところ未確認)。
本像は、衣の彫りが深く、足首の深い張りが顕著となっている点で、鎌倉時代初期の制作と推定されます。また、優れた彫刻技術による丁重なつくりであることから、京都あるいはその周辺で造像されたと考えられます。(東京都教育委員会掲示より)


浄念寺の周辺図


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