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三谷稲荷神社|葛飾区東新小岩の神社、山谷稲荷

三谷稲荷神社の概要

三谷稲荷神社は、葛飾区東新小岩にある稲荷神社です。三谷稲荷神社は、文明9年(1477)上品寺の尊栄法印が檀徒奈良橋某とはかって、山城伏見稲荷を勧請、創建したといいます。

三谷稲荷神社
三谷稲荷神社の概要
社号 稲荷神社
祭神 倉稲魂命
相殿 -
境内社 -
例祭日 2月初午日
住所 葛飾区東新小岩8-16-3
備考 山谷稲荷、別当上品寺



三谷稲荷神社の由緒

三谷稲荷神社は、文明9年(1477)上品寺の尊栄法印が檀徒奈良橋某とはかって、山城伏見稲荷を勧請、創建したといいます。

葛飾区神社調査報告による三谷稲荷神社の由緒

「新編武蔵風土記原稿」上平井村の条に、稲荷社として掲げ、村内上品寺の持とし、通称は山谷稲荷という。当社の由緒額(三谷稲荷神社由来記)によれば、文明9年(1477)上品寺の尊栄法印がその住寺を再興するにあたり、檀徒奈良橋某とはかって、卯辰(東南東)の塩人の庭という清浄の地を選び、五穀豊穣の神、山城伏見稲荷を勧請した。当時、この地には農家が三軒のみであったので、三家または三屋稲荷と呼ばれたのが後に山谷と訛った。文政年間(1819-29)太郎兵衛が上小末村の名主に就任するにあたり、社はこの地に残し、明治初年の神仏分離のとき、唯一神道の古俗に復したという。(葛飾区教育委員会 葛飾区神社調査報告より)

境内石碑による三谷稲荷神社の由緒

三谷稲荷神社は文明9年(1477)上品寺(東新小岩7丁目)の尊栄法印のその社寺を再興するとき檀家の奈良橋氏と相談して丑寅(北東)の汐入之庭という清浄の地を選び五穀豊穣の神京都伏見稲荷大明神の分霊を勧請し造営したものであります。当時はこの地には農家が三軒しかなかったので三家または三屋稲荷と呼ばれたのが後に三谷稲荷と呼び習き改める様になりました。
この地域は江戸時代から農業が盛んであったため三谷稲荷は火除け病気平癒商売繁盛の神として村人から厚く信仰され、初午の日には祭礼のお賽銭を集めて廻る行事が行われていました。
文政年間(1818-1829)神社を守っていた奈良橋太郎兵衛氏が隣村上小松村(東新小岩4丁目)の名主となったため其の後三谷稲荷は氏子により管理されるようになりました。
今日に至るまで祭礼など神社の諸行事は年番とよばれる制度により地域に仕え氏子たちの交代で奉仕しております。
御神木の銀杏の樹は江戸時代この地を支配した代官伊那半十郎忠克による慶安2年(1649)の検地の際植樹されたものといわれ参百数十年以上この地域の発展を見守り続けています。其の間近くは昭和11年社地の改名、現在の社殿は昭和40年拝殿および三谷稲荷会館は昭和57年に建てられたものです。


三谷稲荷神社の周辺図


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