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白髭神社|葛飾区東四つ木の神社、旧渋江村鎮守、客人大権現

白髭神社の概要

白髭神社は、葛飾区東四つ木にある神社です。白鬚神社は、渋江村の鎮守で、江戸時代は葛西の客人大権現と呼ばれ、吉原、深川、千住などの遊郭や水茶屋、花柳界の人々の崇敬を集めました。(四つ木白髭神社とは別です)。創建年代は不詳ながら、旧別当寺の観正寺が延徳3年(1491)創建とあり、室町時代の創建と推定されます。

白髭神社
白髭神社の概要
社号 白髭神社
祭神 猿田彦命、大己貴命、建御名方命
相殿 -
境内社 稲荷神社、皇産霊神社、大鳥神社
例祭日 9月20日
住所 葛飾区東四つ木4-36-18
備考 旧渋江村鎮守



白髭神社の由緒

白髭神社の創建年代は不詳ながら、旧別当寺の観正寺が延徳3年(1491)創建とあり、室町時代の創建と推定されます。

葛飾区神社調査報告による白髭神社の由緒

当社は江戸時代に広く信奉された神社の一である。「新編武蔵風土記稿」渋江村の条に、
「白髭・八王子・客人権現合社 村ノ鎮守ナリ。客人権現ハ霊験アリトテ、近郷ノ諸人群詣セリ。文化年中、当社修理ノ時、社頭ヲ穿チシニ奇木ヲ得タリ。周廻一囲余、長一丈余ニテ。木口ヨリミレハ、其サマ鉄砂ヲ散セシ如ク、方面ヨリ見レハ、小針ノ如ニシテ、長ニ三分許ノモノ、堅ニ交レリナト云伝フレト、今ハヤヤ苔フリテ、果シテ伝ヘノ如ナルヤ否ヲ弁シカラシ。末社 稲荷 弁天。別当観正寺 天台宗浅草浅草寺末、清宝山法生院ト号ス。本尊ハ観音。当寺ハ延徳3年(1491)ノ起立ニシテ、開山ヲ円覚ト云。中興快禅、元文4年(1739)12月寂ス。山王社 稲荷社 観音堂。」
とある。渋江の地名は古く応永5年(1398)の「葛西御厨注文」にも見え、別当寺の起立から考えても、古社と思われる。この観正寺は明治2年に廃寺になっている。また敬順の「十万庵遊暦雑記」ニ編中には「渋江客人権現の神体」と題し、文化12年(1815)頃の状況を記して
同郡同村(葛飾郡渋江村)客人大権現といふは、西光寺の東南七町にあり。別当を観正寺天台とて社の西に家居せり。社内又狭からす。社は南面して石の花表、太しく建。又八幡の宮は松山の中に東面して、社内の松の年たて屈伸の天然なる、閑寂として只野鳥の声のみ聞ふ。且神楽殿は東に建て西北に向、御洪水の井といふものは化粧側を吹溢れて、両花表の間にあり。権現の宮は僧坊より建つづきて、造作づづまやかに太さ二間半と覚ゆ。斯て社檀を覗みるに、護摩壇ありて常灯明の影ほがらかに、神前のささげもの夥しく、都鄙の男女こころごころに絵馬・桃灯の類若干奉納せしめ、客人大権現を書し堅額は新よし原松葉や粧書と見へたるは、いつ頃の粧にやあらん。又社の右には地形高く築き、社再建の絵図は二十一分一にしるせし様は、信仰の徒も多かる中に、売町の町々より殊に歩けはこぶと見えて、再建寄進の札は新よし原町の轡屋・千住・小塚原・大塚音羽町・深川常盤町・やぐら下なんどといふ端々の売色屋のものども、講をむすびて取持にぞありける。神体はいかなるものぞと尋ぬれば、伝えいふ、自然の男根石にして、その格好更に真物のごとくなる物を秘し崇めて、社に安置し崇むるなりとぞ。(中略)
と記し、花柳界の信仰のみが強調されているが、それのみでなかったっことは境内に遺存する金石文によって窺うことができる。客人権現は近江比叡山の日吉神社を勧請したものであろう。安政3年(1853)刊の「江戸切絵図」にも「客人大権現社」と図示されている。現在の拝殿は嘉永5年(1853)の造営、本殿および高欄は大正5年9月の再建である。明治5年、社格制定の時、社号を白髭神社と改めた。(葛飾区教育委員会 葛飾区神社調査報告より)


白髭神社の周辺図


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