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慶円寺|葛飾区新宿にある浄土宗寺院

慶円寺の概要

浄土宗寺院の慶円寺は、東雲山秀清院と号します。当地の村民五郎右衛門夫婦(法号:林誉慶円・円誉秀清)が、飯沼弘経寺の住僧南誉雲念の下で出家した後、当地に創建したといいます。飯沼弘経寺の南誉雲念は後に増上寺二十世となった僧で、彼を勧請開山とします。

慶円寺
慶円寺の概要
山号 東雲山
院号 秀清院
寺号 慶円寺
住所 葛飾区新宿5-5-2
本尊 阿弥陀如来坐像
宗派 浄土宗
葬儀・墓地 -
備考 -



慶円寺の縁起

慶円寺は、当地の村民五郎右衛門夫婦(法号:林誉慶円・円誉秀清)が、飯沼弘経寺の住僧南誉雲念の下で出家した後、当地に創建したといいます。飯沼弘経寺の南誉雲念は後に増上寺二十世となった僧で、彼を勧請開山とします。

新編武蔵風土記稿による慶円寺の縁起

慶円寺
同宗、下総国葛飾郡小金町東漸寺末、東雲山秀清院と号す。相傳ふ当寺は往昔村民五郎右衛門と云者、畑中より弥陀の像を掘出しければ、即ちここに草庵を造立して彼の像を安し、夫より五郎右衛門夫婦ともに下総国飯沼弘経寺の住僧南誉雲念の門に入て剃髪し、林誉慶円と号し、婦は円誉秀清と名付け此草庵に住せしか、後年師の南誉に乞て一寺となし、慶円寺と号す。故に慶円の開山とす。其後南誉増上寺に移住せしかば、又当寺の山院号を南誉に乞ければ、則秀清院となづけり。東雲山の号は京都知恩院より賜ふと云。もとより当寺を開基せし年代は傳へざれども、南誉は増上寺二十世にして、寛永16年2月住職に命ぜられ、同17年9月18日寂せし僧なれば、大抵其年代は推て知べし。慶円が子孫、今も村民にて五郎右衛門と呼へり。(新編武蔵風土記稿より)

葛飾区寺院調査報告による慶円寺の縁起

元禄8年(1695)の「蓮門精舎旧詞」には、慶長14年(1609)南誉雪念の起立とある。雪念(1574-1640)は下総国飯沼弘経寺の住僧、寛永16年(1639)江戸芝増上寺の20世となった人である。また「新編武蔵風土記稿」によれば、昔、新宿の村民五郎右衛門が畑から阿弥陀仏像を掘り出し、草庵を建てて安置し、妻とともに飯沼弘経寺の雪念の許で出家し、夫は林誉慶円、妻は円誉秀清と号して草庵を守り、ついに雪念から寺号と院号、京都知恩院から山号を与えられたという。当寺の嘉永3年(1852)の過去帳奥書にもこのことが記されている。これによれば、雪念を当時の開山とするのは、招請開山であろう。墓地入口の右側に貞享3年(1696)建立の開基南誉上人の碑がある。本堂は昭和14年の改築である。(葛飾区教育委員会 葛飾区寺院調査報告より)


慶円寺の周辺図


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