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飛不動正宝院|台東区竜泉にある天台宗系単立寺院、下谷七福神の不動尊

飛不動正宝院の概要

天台宗系単立の正宝院は、龍光山三高寺と号します。正宝院は、享禄3年(1530)の創建といわれる修験寺院です。当寺の住職が大和国大峰山に不動尊像を持って修行に行ったところ、一夜にして当地へ飛びかえり、人々に御利益を授けたこと江戸時代初期には「飛不動」と通称されていたといいます。下谷七福神の恵比寿神札所です。

飛不動正宝院外観
飛不動正宝院の概要
山号 龍光山
院号 正宝院
寺号 三高寺
住所 台東区竜泉3-11-11
宗派 天台宗系単立
葬儀・墓地 -
備考 通称飛不動下谷七福神の恵比寿神



飛不動正宝院の縁起

正宝院は、享禄3年(1530)の創建といわれる修験寺院です。当寺の住職が大和国大峰山に不動尊像を持って修行に行ったところ、一夜にして当地へ飛びかえり、人々に御利益を授けたこと江戸時代初期には「飛不動」と通称されていたといいます。

新編武蔵風土記稿による飛不動正宝院の縁起

(龍泉寺村)正寳院
本山修験、赤坂氷川別当大乗院配下。龍光山三高寺と號す、本尊不動。(新編武蔵風土記稿より)

境内掲示による飛不動正宝院の縁起

正宝院は、享禄3年(1530)の創建といわれる修験寺院で、はじめ聖護院末・円城寺末から現在天台宗系の単立寺院となっている。
当寺の本尊は木造不動明王坐像で、「飛不動」の通称で知られている。名の由来は、昔、当寺の住職が大和国大峰山に本像を持って修行に行ったところ、一夜にして当地へ飛びかえり、人々に御利益を授けたことによると伝えらている。 「飛不動」は本尊の通称だけでなく正宝院の通称ともなり、江戸時代前期、寛文年間(1661-73)の「新版江戸大絵図」には、すでに「飛不動」の名で見える。福利増長・息災延命の祈願道場として庶民の信仰が厚く、「日本国華万葉記」や「江戸砂子」などに江戸の代表的な不動霊場の一つとして記されている。近年は航空安全の守護神として有名になり、空の安全を祈願する参詣者が多い。(境内掲示より)


飛不動正宝院所蔵の文化財

  • 木造阿弥陀如来坐像(台東区登載文化財)

木造阿弥陀如来坐像

正寶院は、天台宗寺門派(園城寺)系の単立寺院で、山号を龍光山といいます。本尊の飛不動に対する信仰が江戸時代より盛んで、現在でも厄除け開運で(特に航空安全の祈願寺として)有名な寺院です。この正寶院の本堂脇壇に、江戸時代前期に作られた木造阿弥陀如来坐像が安置されています。
像は、ヒノキ材を用い寄木造という技法で造られました。高さは、52.0cm。来迎印を結び、右足を上に、結跏趺坐します。
残念ながら、かつて坂本来迎寺(聖衆来迎寺。滋賀県大津市にある寺院)にあったと伝えられているほか、詳しい伝来や作者の名前などは不明ですが、像底部の銘文、
為二親 後藤平兵衛
為秋嶺妙貞菩提
為二親
森絲右衛門
という朱漆銘と、
庚 慶安参年
寅 六月吉日
という墨書銘により、慶安3年(1650)6月に像が制作されたとわかります。
本像は、平安時代後期の定朝様を規範として作られていますが、その構造には江戸時代の特色もよくあらわれ,銘文により制作年代が明らかな阿弥陀如来坐像であり、区内に残るこの期のものとして貴重です。


飛不動正宝院の周辺図