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井土ヶ谷住吉神社|横浜市南区井土ヶ谷上町の神社

井土ヶ谷住吉神社の概要

井土ヶ谷住吉神社は、横浜市南区井土ヶ谷上町にある住吉神社です。井土ヶ谷住吉神社の創建年代等は不詳ながら、江戸期には井土ケ谷村の鎮守社だったといいます。明治期には村社に列格、明治42年神明神社(旧称大神宮)、熊野神社、十二所神社(旧称十二天社)、道祖神、白山社、阿志古根神社(旧称第六天社)を合祀したといいます。

井土ヶ谷住吉神社
井土ヶ谷住吉神社の概要
社号 住吉神社
祭神 底筒男命、中筒男命、表筒男命
相殿 神功皇后、天照皇大神、伊邪那美尊、事解男命、早玉男命、倉稲魂命、八衢彦命、菊理姫命、阿志古根命
境内社 稲荷神社、秋葉神社、御嶽社
住所 横浜市南区井土ヶ谷上町33-2
祭日 例大祭八月第四日曜日
備考 -



井土ヶ谷住吉神社の由緒

井土ヶ谷住吉神社の創建年代等は不詳ながら、江戸期には井土ケ谷村の鎮守社だったといいます。明治期には村社に列格、明治42年神明神社(旧称大神宮)、熊野神社、十二所神社(旧称十二天社)、道祖神、白山社、阿志古根神社(旧称第六天社)を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による井土ヶ谷住吉神社の由緒

(井土ヶ谷村)住吉社
乗蓮寺御朱印地の内にあり、山上に社あり、前に石階八十五級を設く、中腹に石鳥居を立、本社七尺に八尺、上屋三間に四間巽向、村の鎮守なり、例祭九月十四日、乗蓮寺持、下同じ。
末社
稲荷社、本社に向右にあり、小社。
秋葉社、左にあり、是も小社。
太神宮
是も乗蓮寺御朱印地の内にあり、ここも山上にて前の住吉より一層高し、中腹に鳥居を立、小社にして上屋あり、東向。
十二天社
除地、一畝、小宮の前にあり、是も小社にて上屋を立、常福寺持。
第六天社
除地、十歩、小名宿の前にあり、小社巽向、村民持、下同じ。
稲荷社
除地、七歩、同邊にあり、是も小社にて巽向。
白山社
除地、七歩、小名下の前にあり、小社、其邊長吏の鎮守とす。 (新編武蔵風土記稿より)

「神奈川県神社名鑑」による井土ヶ谷住吉神社の由緒

創立年代は不詳であるが、新編武蔵風土記稿に「住吉社、乗蓮寺朱印地の内にあり、山上に社あり、前に石階八十五級を設く、中腹に石鳥居を立つ、本社七尺に八尺、上屋三間に四間、巽向、村の鎮守なり」とある。明治初年神仏分離の際、境内を区画して乗蓮寺と分離し、村社に列せられた。明治十七年九月の暴風に社殿崩潰したが、同十九年復興し、同四十二年には無格社の神明神社(旧称大神宮)、熊野神社、十二所神社(旧称十二天社)、道祖神、白山社、阿志古根神社(旧称第六天社)を合祀した。
昭和五年不慮の火災により社殿を焼失し、久しく仮社殿で奉仕していたが、昭和四十四年に至って氏子崇敬者一同の熱誠を結集した新社殿、鳥居、手水舎、境内社、神楽殿、神輿庫等一切を完備竣工するに至った。(「神奈川県神社名鑑」より)

「南区の歴史」による井土ヶ谷住吉神社の由緒

井土ヶ谷上、中、下各町の鎮守である。明治維新後、村社に列せられて境内を区割し、乗蓮寺との関係を断った。
明治四二年九月三〇日無格社であった神明神社、熊野神社、十二所神社、道祖神、白山社、阿志古根神社を合祀した。昭和四一年八月境内の狭隘から社殿のある丘陵を切開いて平坦地にする大工事にかかり昭和四三年二月造成工事は完成して境内は往昔の数倍にあたり一、〇〇四坪になった。(「南区の歴史」より)


井土ヶ谷住吉神社の周辺図


参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「神奈川県神社名鑑」
  • 「南区の歴史」