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瑞雲山西光寺。横浜市南区中里にある高野山真言宗寺院

瑞雲山西光寺の概要

高野山真言宗寺院の西光寺は、瑞雲山と号します。瑞雲山西光寺の創建年代等は不詳ながら、鎭譽法印(長享3年1489年寂)が中興開山、安永年間(1772-1780)当地へ移転したといいます。

西光寺
西光寺の概要
山号 瑞雲山
院号 -
寺号 西光寺
住所 横浜市南区中里3-25-3
宗派 高野山真言宗
葬儀・墓地 -
備考 西光寺幼稚園



瑞雲山西光寺の縁起

瑞雲山西光寺の創建年代等は不詳ながら、鎭譽法印(長享3年1489年寂)が中興開山、安永年間(1772-1780)当地へ移転したといいます。

新編武蔵風土記稿による瑞雲山西光寺の縁起

(中里村)西光寺
境内、年貢地、除地、三段六畝十五歩、村の東にあり、古義眞言宗、石川寶生寺末、瑞雲山と號す、本堂五間に五間半巽向、本尊薬師、行基の作、坐像長二尺許、左右に日光・月光・十二神及不動・弘法大師等の像を安ず、中興開山鎮譽法印、長享三年八月十一日示寂す、當寺もとは村の乾の方にありしを、安永の頃此所に引移し、其舊地は元屋舗と稱し、すべて畑とし、此寺にて所務せり。(新編武蔵風土記稿より)

「横浜市史稿 佛寺編」による瑞雲山西光寺の縁起

西光寺
位置
西光寺は、瑞雲山と號し、中區中里町四百二十番地に在る。境内は百九十二坪。民有地。區内、元町の增德院末で、寺格は二十一等である。
沿革
創立の年代、竝に開山・開基は不明であるが、風土記に、中興開山、鎭譽法印、長享三年八月十一日示寂すと記してあるのをみると、古刹と思へるが、沿革等は詳でない。元は、村の乾の方にあつたが、安永の頃、今の境内に引移つたと云ふ。元屋鋪と稱するのは、今の小名、東内三百十七番地邊で、附近には尙、寺の下と言ふ處もある。住時から殆ど無住で、他寺の兼務する所となつて居た。大正十二年九月一日の震災に、本堂が倒潰したので、同年十月、檀徒が假堂を再建した。
本尊
本尊は藥師如來坐像、丈二尺、傳、行基作である。日光・月光・十二神を脇立として居る。
堂宇
今の堂宇は、假本堂 桁行四間、梁間二間半、切妻造、草葺。庫裡兼用である。(「横浜市史稿 佛寺編」より)


瑞雲山西光寺の周辺図


参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「横浜市史稿 佛寺編」