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猫の足あと

高松寺。横浜市戸塚区戸塚町にある臨済宗円覚寺派寺院

高松寺の概要

臨済宗円覚寺派寺院の高松寺は、潤岳山と号します。高松寺は、高松三郎頼重を開基として創建、龍甫珠公が文禄2年(1593)に開山創建、雲岫周泰が中興したといいます。

高松寺
高松寺の概要
山号 潤岳山
院号 -
寺号 高松寺
本尊 釈迦如来像
住所 横浜市戸塚区戸塚町4846
宗派 臨済宗円覚寺派
葬儀・墓地 -
備考 -



高松寺の縁起

高松寺は、高松三郎頼重を開基として創建、龍甫珠公が文禄2年(1593)に開山創建、雲岫周泰が中興したといいます。

新編相模国風土記稿による高松寺の縁起

(戸塚宿)高松庵
潤岳山と号す、円覚寺末、本尊釈迦、開山龍甫珠公、文禄二年創建すと云ふ。
閻魔堂。(新編相模国風土記稿より)


高松寺所蔵の文化財

  • 雲岫和尚像一幅(横浜市指定有形文化財)
  • 仏涅槃図一幅(横浜市指定有形文化財)

雲岫和尚像一幅

雲岫和尚像は、当寺中興六世とされる雲岫周泰の頂相(禅宗の肖像画)です。
やや右向きに法被を掛けた曲彔に坐し、台上に覆をおきます。曲彔の右肩に立てかけた杖には背負い紐と払子が掛かり、衣は墨彩色で表出されています。図上に左書の著賛があります。
雲岫は夢想疎石の系統である芳林中恩(円覚一四六世)の法嗣で、天文二十一年(1552)に示寂しました。賛者は像主五世の法孫に当り、元禄十六年(1703)の大地震復興に尽し、元文二年(1737)に示寂しています。
本図は遺像と思われますが、図様・描法や著賛一などから見て著賛当時よりはやや古い、桃山から江戸時代の筆になるものかと推定されます。著賛遺例の少ないこの頃の作例として貴重なものです。(横浜市教育委員会掲示より)

仏涅槃図一幅

釈尊八十歳のとき、故郷に近いクシナガラで終焉を迎えた情景を演出するこの図様は、「大涅槃像」と同「後分」によって構成されています。一般的な傾向としては、平安期の図様は画面の中で釈尊の占める部分が大きく、会衆が比較的少なくなっています。鎌倉時代以降になると周辺の情景に大きなスペースをさき、会衆‐ことに畜類が多くなって行きます。
本図は、描法・賦彩などからみて、江戸時代前半における江戸狩野系の町絵師の作と見られます。(横浜市教育委員会掲示より)


高松寺の周辺図


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