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下谷神社|台東区東上野の神社

下谷神社の概要

下谷神社は、台東区東上野にある神社です。下谷神社は、天平2年(730)峡田の稲置らが、上野忍ケ岡の地に創建したといい、寛永4年(1627)上野山下へ、延宝8年(1680)広徳寺門前へ遷座したといいます。明治5年下谷神社と改称、昭和3年区画整理により当地へ遷座したといいます。下町八社巡りの一社です。
公式サイト:下谷神社 公式サイト | 東京・上野

下谷神社
下谷神社の概要
社号 下谷神社
祭神 大年神、日本武尊
相殿 -
境内社 隆栄稲荷社
住所 台東区東上野3-29-8
備考 旧郷社



下谷神社の由緒

下谷神社は、天平2年(730)峡田の稲置らが、上野忍ケ岡の地に創建したといい、寛永4年(1627)上野山下へ、延宝8年(1680)広徳寺門前へ遷座したといいます。明治5年下谷神社と改称、昭和3年区画整理により当地へ遷座したといいます。

東京都神社名鑑による下谷神社の由緒

天平二年(七三〇)峡田の稲置らが、大年神、日本武尊を上野忍ケ岡の地に奉斎したのが創祀である。寛永四年(一六二七)寛永寺建立のため、上野山下に遷座、延宝八年(一六八〇)さらに、広徳寺門前の地に替地し社殿を造営した。大正十二年大震災により社殿以下焼失、昭和三年区画整理により、現在の地に移り同九年四月、現在の社殿竣功遷座。当社は昔「正一位下谷稲荷社」と称したが、明治五年社名を「下谷神社」と改め現在に至る。(東京都神社名鑑より)

下谷神社所蔵の文化財

  • 板絵着色雲竜図(天井画)(台東区登載文化財)

板絵着色雲竜図(天井画)

上野駅に程近い、大鳥居が印象的な下谷神社に、縦174cm、横296cmの竜の天井画があります。作者は、日本近代画の巨匠、横山大観です。
湧き立つ雲の中に突如として現れる竜を描いた水墨画で、迫力あふれる作品です。竜の体の輪郭は、強いタッチの墨線で表現され、筆先がかすれていることで猛々しい竜の雄姿が一層際立っています。これに対して、渦巻き状の雲や竜のうろこは、淡い墨で描かれ、竜の後頭部から流れる雲や右腕及び左足の付け根、髭、眼、爪など細かいところに胡粉、金泥をまじえて比較的やわらかく仕上げています。
画面左下に墨で「昭和甲戌之春 大観」と記され、「鉦鼓洞主」という印章があります。「昭和甲戌」は、昭和9年の干支をあらわしたもの、「鉦鼓洞主」とは、台東区池之端の横山大観邸における客間「鉦鼓洞」の主、つまり大観その人を指す画号です。
横山大観(1868-1958)は、東京美術学校第一期生として入学し、谷中における前・後期日本美術院の発展に尽力し、池之端の自宅(横山大観記念館として一般に公開。平成7年に台東区史跡に登載)で数多くの名作を生み出しました。昭和32年には、台東区名誉区民第1号の称号を贈られるなど、台東区にとって忘れてはならない人物です。 下谷神社は、かつては下谷稲荷社といっていましたが、明治5年に神社名を「下谷神社」と改め、現在に至っています。関東大震災のときには、社殿がすべて焼け落ちてしまいましたが、昭和6年再建のための工事を起こし、同9年には完成しました。現在の建物はこの当時のものです。
雲竜図は、このときの改築に際して、池之端茅町(現、池之端1丁目)に住んでいた大観が、筆をふるったものです。制作に当たっては、下絵を作製し、それを天井に貼りながら、全体の調子を整えたといわれており、意欲的に描かれたことが知られます。
大観は、この2年後に描いた「龍蛟躍四溟」(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)など、本図に似た竜図を多く手がけています。本図は、大観の描く典型的な竜の特徴を備え、代表作「生々流転」(国立近代美術館蔵)などにもその片鱗は見受けられます。このことから、大観の竜図は、大正から昭和初期に確立したと考えられ、本天井画はその時期に当たっており、貴重な作例です。


下谷神社の周辺図


参考資料