瀬戸ヶ谷八幡社|文保2年(1318)創建、菊水観音出現地
瀬戸ヶ谷八幡社の概要
瀬戸ヶ谷八幡社は、横浜市保土ケ谷区瀬戸ヶ谷町にある神社です。瀬戸ヶ谷八幡社は、文保2年(1318)に創建したと伝えられ、貞享元年(1684)銘の棟札が残されていたといいます。明治6年村社に列格、昭和3年神饌幣帛料供進社に指定されていました。境内の菊水観音は楠の根本の窪地から出現したといい、窪地に溜まった水は眼病に効能があると信仰されていたといいます。
社号 | 八幡社 |
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祭神 | 応神天皇 |
相殿 | - |
境内社 | 於鍋稲荷、菊水観音 |
住所 | 横浜市保土ケ谷区瀬戸ヶ谷町137 |
祭日 | 例大祭8月15日 |
備考 | - |
瀬戸ヶ谷八幡社の由緒
瀬戸ヶ谷八幡社は、文保2年(1318)に創建したと伝えられ、貞享元年(1684)銘の棟札が残されていたといいます。明治6年村社に列格、昭和3年神饌幣帛料供進社に指定されていました。境内の菊水観音は楠の根本の窪地から出現したといい、窪地に溜まった水は眼病に効能があると信仰されていたといいます。
新編武蔵風土記稿による瀬戸ヶ谷八幡社の由緒
(岩間町)
八幡宮
宿の南西の方永田村の境によりてあり、昔は久良岐郡の内なり、よりて今も岩間町の内に屬せり、社地は小山の上にて北に向へる社なり、大さ二間四方、神體は木像にて長八寸許、束帶して坐せる貌なり、相傳ふ花園院の御宇文保二年の鎮座なりと、今の社は古き造營にはあらず、棟札に貞享元年武州久良岐郡岩間村とかけり、社前に石階二段ありて其下に鳥居をたつ、村内安楽寺持。
菊水観音出現跡。鳥居に向て右の方なり、楠一株ありてその根の際に小さく窪き所あり、この底に清水をたゝへきわめて清冷なり、病者常にこの水を服して平癒し、或は眼病を患ふるものこの水にてあらふ時はしるしありと云。(新編武蔵風土記稿より)
「神奈川県神社誌」による瀬戸ヶ谷八幡社の由緒
新編武蔵風土記稿には「社地は小山の上にて北に向へる社なり、大さ二間四方、神体は木像にて長八寸許、束帯して坐せる貌なり」と記して、「花園院御宇文保二年の鎮座なり」との社伝を載せ、続いて「貞享元年、武州久良岐郡岩間村」と記した棟札があったことを伝えている。明治六年村社に列せられ、昭和三年十一月神饌幣帛料供進社に指定された。
境内に鎮座する於鍋稲荷は、明治の頃、広く各地よりの信仰をあつめたが、傍に菊水観音を祀り、「菊水観音出現跡、鳥居に向ひて右の方なり、楠一株ありてその根の際に少しく窪き所あり、この底に清水をたたへきはめて清冷なり、病者常にこの水を服し平癒し、或は眼病を患ふるものこの水にてあらふ時はしるしありと云ふ」と伝える。(「神奈川県神社誌」より)
瀬戸ヶ谷八幡社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「神奈川県神社誌」