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海照山願行寺。横浜市磯子区中原にある浄土宗寺院

海照山願行寺の概要

浄土宗寺院の願行寺は、海照山海藏院と号します。願行寺は、法燈國師(臨済宗興国寺派の祖心地覚心、応仁6年1472年寂)が開山、その後諦譽存廓(延宝3年1675年)が浄土宗に改めたといいます。

願行寺
願行寺の概要
山号 海照山
院号 海藏院
寺号 願行寺
住所 横浜市磯子区中原2-13-12
宗派 浄土宗
葬儀・墓地 -
備考 -



海照山願行寺の縁起

願行寺は、法燈國師(臨済宗興国寺派の祖心地覚心、応仁6年1472年寂)が開山、その後諦譽存廓(延宝3年1675年)が浄土宗に改めたといいます。

新編武蔵風土記稿による海照山願行寺の縁起

(中原村)願行寺
除地、一段五畝、村の中程にあり、浄土宗、橘樹郡神奈川宿成佛寺末、海照山海蔵院と號す、本尊阿彌陀は長二尺一寸餘、脇立観音勢至長各一尺二寸餘、當寺古は禅宗にて開山法燈國師、永仁六年十月十四日寂す、夫より三百餘年の後まで猶禅家たりしが、諦譽存廓の時浄土に歸依して改宗すと云、此僧は延寶三年四月十九日寂す、本堂八間に六間半、東向なり。
寺寶
涅槃像一幅。出山釋迦畫像一幅。十三佛畫像一幅。以上何れも筆者詳ならず。
鍾樓。境内にあり、一間餘四方、元禄五年鑄造の鐘を掛く、序銘あれど考證に益なければ載せず。
太神宮天満宮合社。境内の鎮守なり。(新編武蔵風土記稿より)

「横浜市史稿 佛寺編」による海照山願行寺の縁起

願行寺は梅照山と號し、新編武藏風土記稿には海藏院とある。磯子區中原町九十八番地にある。境内は四段三畝二十一步。官有地。神奈川區飯田町成佛寺末で、寺格は能分四等である。
沿革
永仁年中、法燈國師の開創したところで、初は禪刹であつた。三百有餘年を經て、延寶の頃、住僧諦譽存廓が淨土に歸依し、今の宗派に改めた。大正十二年九月一日の震災に、本堂が倒壊したが、同十四年に再建を遂げた。元は境内鎭守、太神宮・八幡の合社があつたが、今は廢した。
本尊
本尊は阿彌陀如來立像、長二尺一寸五分、脇士は觀世音菩薩・勢至菩薩である。
堂宇
今の堂宇は、本堂桁行六間、梁間六間、亞沿葺、破風造。・庫裡桁行八間、梁間四間半、茅葺。・鐘樓桁行九尺、梁間九尺、草葺。等である
境内堂
善光寺堂。六尺四方、草葺。本尊は阿彌陀如來(「横浜市史稿 佛寺編」より)


いいお墓

海照山願行寺の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「横浜市史稿 佛寺編」