糸縄神社|鎌倉時代創建、引越村の鎮守
糸縄神社の概要
糸縄神社は、横浜市南区六ツ川にある糸縄神社です。糸縄神社は、承元年間(1207-1210)に創建、引越村の鎮守として祀られたといいます。明治6年村社に列格、明治41年山王社を合祀したといいます。
社号 | 糸縄神社 |
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祭神 | 大物主命、倉稲魂命、大山積命 |
相殿 | - |
境内社 | - |
住所 | 横浜市南区六ツ川1-86 |
祭日 | 例大祭9月15日 |
備考 | - |
糸縄神社の由緒
糸縄神社は、承元年間(1207-1210)に創建、引越村の鎮守として祀られたといいます。明治6年村社に列格、明治41年山王社を合祀したといいます。
新編武蔵風土記稿による糸縄神社の由緒
(引越村)
糸縄明神社
除地、一段一畝歩、小名宮ノ内にあり、村の鎮守なり、本社三尺五寸に二尺五寸西向、上屋三間に二間、本地観音の銅像ありしが、先年賊の爲に奪はれし後、長一尺五六寸の観音の石像を置り、例祭九月十三日。
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山王権現
村の南にあり、如意輪観音の像を彫たる石碑を立て、社はなし。(新編武蔵風土記稿より)
「神奈川県神社誌」による糸縄神社の由緒
承元年間(一二〇七-一二一〇)の創立という。新編武蔵風土記稿に「除地一段一畝歩、小名宮ノ内にあり、村の鎮守なり、本社は三尺五寸に二尺五寸、西向、上屋三間に二間(中略)例祭九月十三日」とある。明治六年村社に列し、同四十一年十一月十日村内無格社の山王社を合祀した。現社殿は昭和四十年八月の竣工である。(「神奈川県神社誌」より)
「南区の歴史」による糸縄神社の由緒
由緒は境内に建立されている「糸縄神社由緒」の碑によれば、「今から七百六十余年前の承元年代に、大物主命、稲倉魂命を祭神として建立された」とある。『新編武蔵風土記稿』には御神体は文化、文政の頃に盗難にあって本地観音の銅像を奪はれ、のちに長一尺五、六寸の石像の観音をこれと替えたことが記されている。明治六年に村社に列せられ、同四一年一一月一〇日、村内の無格社山王社を合祀して祭神二柱をくわえた。明治四二年五月一日入母屋造の社殿を再建した。(「南区の歴史」より)
糸縄神社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「神奈川県神社誌」
- 「南区の歴史」(南区の歴史発刊実行委員会)