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東峰山宝蔵院。横浜市戸塚区吉田町にある真言宗大覚寺派寺院

宝蔵院の概要

真言宗大覚寺派寺院の宝蔵院は、東峰山と号します。宝蔵院は、阿闍梨朝興法印が天文16年(1547)に創建、東之峯光円寺と号していたといいます。寛永年間に朝栄が本堂を大日山附近より吉田町に移し、東峯山金剛寺宝蔵院と改号、幾度かの移転を経て当地には昭和18年に移転したといいます。

宝蔵院
宝蔵院の概要
山号 東峰山
院号 宝蔵院
寺号 -
本尊 不動明王像
住所 横浜市戸塚区吉田町935
宗派 真言宗大覚寺派
葬儀・墓地 宝蔵院会館
備考 -



宝蔵院の縁起

宝蔵院は、阿闍梨朝興法印が天文16年(1547)に創建、東之峯光円寺と号していたといいます。寛永年間に朝栄が本堂を大日山附近より吉田町に移し、東峯山金剛寺宝蔵院と改号、幾度かの移転を経て当地には昭和18年に移転したといいます。

新編相模国風土記稿による宝蔵院の縁起

(吉田町)宝蔵院
東峯山金剛寺と号す。古義真言宗手廣村青蓮寺末、天文十六年創建す。開山は朝興天正四年四月廿七日寂す。不動を本尊とす。
金毘羅社。秋葉を合祀す。(新編相模国風土記稿より)

「戸塚区郷土史」による宝蔵院の縁起

東峯山金剛寺と号し、寺院明細帳には「天正四年四月廿七日、僧朝興開基創建ニシテ、旧地ハ本町北ノ方道ノ上ニアリシヲ、万治二年僧尊栄之ヲ現今ノ地ニ転ズ」と記しているが、寺の旧記に天文十六年の創建にして、開山は朝興(天正四年四月二十七日寂)といえば、示寂年時と開創時を誤記したもののごとく、天文十六年(一五四七)の創建とみて大過ないであろう。その後永禄二年(一五六三)六月東之峯光円寺と称していた当時、住持朝興は霊夢を蒙り一刀一礼して金毘羅大権現を彫刻し、寛永年中朝栄は本堂を大日山附近より吉田町に移し、東峯山金剛寺宝蔵院と号することになったが、時に境内に金毘羅を移し、金毘羅・大日尊・閻魔大王を安置したという。天明七月六年宥勝の代に水災を受け、大正十二年には関東大震災により倒壊するなど、幾度びかの変遷を経て昭和十八年吉田元町の現地に移転し今日におよんでいる。
毎年二月豆撒きを盛大に行うとともに、宝蔵院は一名れんぎょう寺としても有名で、毎年柏尾川堤にれんぎょうを移植(寄贈)し、桜と美をきそっている。(「戸塚区郷土史」より)

近隣掲示による宝蔵院の縁起

真言宗のお寺で天文十六(1547)年に阿闍梨朝興法印が東峰山光円寺として中興し、本堂を宝蔵院と称してその後は現在地へ移転しました。本尊は不動明王で境内には地蔵堂、日本舞踊芸道精進の翁塚などの石造物があります。(近隣掲示より)


宝蔵院の周辺図