市場の一里塚|江戸から五番目の一里塚
市場の一里塚の概要
市場の一里塚は、横浜市鶴見区にある名所旧跡です。市場一里塚は、江戸幕府が整備した東海道の里標で、日本橋から(芝金杉・品川八ツ山・大森・六郷に続く)5番目の一里塚です。街道の両側に塚が築造されていましたが、現在は左側に当たる当地(稲荷社が祀られている地)に塚が残されています。
名称 | 市場の一里塚 |
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みどころ | 市登録文化財 |
入場時間 | - |
入場料 | - |
住所 | 横浜市鶴見区市場西中町4-8 |
備考 | - |
市場の一里塚の由緒
市場一里塚は、江戸幕府が整備した東海道の里標で、日本橋から(芝金杉・品川八ツ山・大森・六郷に続く)5番目の一里塚です。街道の両側に塚が築造されていましたが、現在は左側に当たる当地(稲荷社が祀られている地)に塚が残されています。
横浜市教育委員会掲示による市場の一里塚について
慶長9年(1604)徳川家康は、江戸から京都までの街道を整備し、あわせて宿場を設け、交通の円滑を図りました。
里程の目標と人馬の休憩のための目安として、江戸日本橋から一里(約4km)毎に街道の両側に五間四方(9m四方)の塚を築造し、塚の上には榎を植えました。
ここは江戸より五里目の塚に当たり、市内で最初の一里塚です。明治9年(1877)地租改正にあたり払下げられ、左側に塚が現存しています。昭和初期まで塚の上には榎の大木が繁茂していました。
昭和8年(1933)6月「武州橘樹郡市場村一里塚」(添田坦書)の碑が建立されました。
平成元年(1989)横浜市地域文化財として登録されました。(横浜市教育委員会文化財課・財団法人横浜国際観光協会掲示より)
市場の一里塚の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿