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龍藏神社。厚木市飯山の神社

龍藏神社の概要

龍藏神社は、厚木市飯山にある神社です。龍藏神社は、井山神社龍蔵大権現と称して、神亀2年(725)に僧行基が勧請したと伝えられます。治承4年(1180)には源頼朝公の願ににより、神祇官(白河殿)奉幣の相模国六十一社の一となり、天正19年(1591)には龍蔵権現社と称して徳川家康より社領2石の御朱印状を受領、飯山村の鎮守として祀られていました。明治6年村社に列格、明治43年神饌幣帛料共進神社に指定されています。

龍藏神社
龍藏神社の概要
社号 龍藏神社
祭神 級長津彦命、級長戸辺命
相殿 大日孁命、伊弉諾命、応神天皇
境内社 熊野宮、白山神社
祭日 8月第一日曜日
住所 厚木市飯山5526
備考 -



龍藏神社の由緒

龍藏神社は、井山神社龍蔵大権現と称して、神亀2年(725)に僧行基が勧請したと伝えられます。治承4年(1180)には源頼朝公の願ににより、神祇官(白河殿)奉幣の相模国六十一社の一となり、天正19年(1591)には龍蔵権現社と称して徳川家康より社領2石の御朱印状を受領、飯山村の鎮守として祀られていました。明治6年村社に列格、明治43年神饌幣帛料共進神社に指定されています。

新編相模国風土記稿による龍藏神社の由緒

(飯山村)
龍蔵権現社
村の鎮守なり、石一顆を神體とす、本地彌陀薬師十一面観音(共に行基作、長各一尺三寸)、天正十九年社領二石の御朱印を附せらる、例祭六月二十八日、
末社。熊野 疱瘡神 山王
鍾樓。正徳二年鑄造の鐘を掛、
石地蔵一軀。背に文明六年の銘あり(奉造置六道能化之尊像、相州飯山寺文明六甲午卯月日、願主小比丘恩隆と刻す、按ずるに、別當龍蔵院の開山を恩隆と云、されど文明二年卒すと云へば別人なるか、且飯山寺は村内観音堂の號なり、古へは彼堂にありし像なるべし)、
別當龍蔵院。飯谷山藤井坊と號す、本山修験(小田原玉瀧坊配下)、開山恩隆(文明二年四月十九日卒)、古瓶二口を什物とす(古鏡を其蓋とす、鏡面に勧進人僧然□奉施入鏡一面、阪上氏天平寶字六壬寅年三月五日と彫す、是明和八年山上白山社神木松樹の根より穿得しものと云、按ずるに古代の物と見えず)
護摩堂(新編相模国風土記稿より)

神奈川県神社誌による龍藏神社の由緒

神亀二年乙丑年僧行基勧請すると云伝えられる。古昔は井山神社龍蔵大権現と称した。治承四年(一一八〇)鎌倉源頼朝公の願に依り、神祇官(白河殿)奉幣の相模国六十一社の内に入り社領の旧来の寄附地と天正十九年(一五九一)徳川家康公より社領高二石の朱印がある。宝暦元年(一七五一)拝殿を再建、天保四年(一八三三)本殿も再建した。
明治二年朱印地上地となり、明治六年七月三十日足柄県に於いて村社に列格、明治四十年四月三十日神饌幣帛料共進神社に指定された。明治四十三年三月十五日同字無格社籏谷神社応神天皇、小金神社大日孁命、無格社白山神社伊弉諾命を合祀した。(神奈川県神社誌より)

「厚木市史史料」による龍藏神社の由緒

竜蔵神社(飯山五一二六)
級長津彦級長戸辺命の二柱を聖武天皇神亀二乙丑年に勧請と伝えられる古くは井山神社竜蔵大権現と称されていた。別当には竜蔵院あり、現飯谷神官の家がそれで、所蔵宝物古瓶二個並に古鏡は鎌倉期の骨壷で、白山神社の山腹より発見されたものである。竜蔵神社の境内は古墳の跡で古い石棺が露出している。文明六年の地蔵石像がこの上に安置されている。治承四年源頼朝の願によって神祇官(白川殿)奉幣の相模六一社の中に数えられた。明治四十三年、籏谷神社、小金神社、白山神社を合祀す。宝暦元年、拝殿再建、天保四年本殿再建。天正一九年社領ニ石の御朱印を附せられる。(「厚木市史史料」より)


境内掲示による龍藏神社の由緒

神亀二年乙丑年僧行基勧請すると云伝えられる。古昔は井山神社龍蔵大権現と称した。治承四年(一一八〇)鎌倉源頼朝公の願に依り、神祇官(白河殿)奉幣の相模国六十一社の内に入り社領の旧来の寄附地と天正十九年(一五九一)徳川家康公より社領高二石の朱印がある。宝暦元年(一七五一)拝殿を再建、天保四年(一八三三)本殿も再建した。
明治二年朱印地上地となり、明治六年七月三十日足柄県に於いて村社に列格、明治四十年四月三十日神饌幣帛料共進神社に指定された。昭和三十四年覆殿、拝殿を改築した。(境内掲示より)

龍藏神社の周辺図


参考資料
  • 新編相模国風土記稿
  • 神奈川県神社誌
  • 「厚木市史史料」