善明山源養寺。村民源左衛門が開基
源養寺の概要
曹洞宗寺院の源養寺は、善明山と号します。源養寺は、村民源左衛門(月翁糠養居士)が開基となり、吉山永詳大和尚(元和元年1615年寂)が中津川川畔に創建、その後当地へ移転したといいます。
山号 | 善明山 |
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院号 | - |
寺号 | 源養寺 |
本尊 | 虚空蔵菩薩像 |
住所 | 厚木市下川入1151 |
宗派 | 曹洞宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
源養寺の縁起
源養寺は、村民源左衛門(月翁糠養居士)が開基となり、吉山永詳大和尚(元和元年1615年寂)が中津川川畔に創建、その後当地へ移転したといいます。
厚木市史史料による源養寺の縁起
善明山源養寺(下川入1153)
吉山永詳大和尚(元和元年二月二十五日卒)が開山し、月翁糠養居士(村民、元和六年十一月二十日卒)の開基である。当初中津川川畔にあったのを、現地に移したといわれ、四世に至って本堂を建築し、中興の祖とうたわれたが、享保年中破壊し、宝暦五年十月、十世大
泉和尚本堂を建立。間口八間 奥行七間
明治十年九月十四日大風雨で野水押入り、本堂は倒壊し明治二十六年二十六世独応和尚以来再建のために努力し、四十四年十月竣工(愛甲郡制誌と風土記)(「厚木市史史料」より)
新編相模国風土記稿による源養寺の縁起
(川入村)
源養寺
曹洞宗(田代村勝楽寺)善明山と號す、本尊釋迦、開山吉山永祥(元和元年二月廿五日卒、)開基は月翁源養(元和六年十一月二十日死す、村民にて源左衛門と稱せり、子孫今にあり、)と云、(新編相模国風土記稿より)
源養寺の周辺図
参考資料
- 新編相模国風土記稿
- 「厚木市史史料」