五領ヶ台貝塚|縄文時代の中期の貝塚・国指定史跡
五領ヶ台貝塚の概要
五領ヶ台貝塚は、平塚市にある名所旧跡です。五領ヶ台貝塚は、縄文時代の中期の貝塚で、当地から発掘された土器が「五領ヶ台式土器」と命名された、標準遺跡して著名です。当地からは貝類だけでなく、鯨やイルカ・鯛やスズキなどの魚骨も出土していることから、漁撈活動が盛んだったとされています。なお、当地「五領ヶ台」は、新編相模国風土記稿に「廣川村。古城蹟。村北、字五領臺にあり、今畑となる、鎌倉權五郎景政の城蹟と云傳ふ」と記され、鎌倉権五郎景政の居城跡だったと伝えられます。
名称 | 五領ヶ台貝塚 |
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区分 | 国指定史跡 |
入場時間 | - |
入場料 | - |
住所 | 平塚市広川735-3ほか |
備考 | - |
五領ヶ台貝塚の由緒
五領ヶ台貝塚は、縄文時代の中期の貝塚で、当地から発掘された土器が「五領ヶ台式土器」と命名された、標準遺跡して著名です。当地からは貝類だけでなく、鯨やイルカ・鯛やスズキなどの魚骨も出土していることから、漁撈活動が盛んだったとされています。なお、当地「五領ヶ台」は、新編相模国風土記稿に「廣川村。古城蹟。村北、字五領臺にあり、今畑となる、鎌倉權五郎景政の城蹟と云傳ふ」と記され、鎌倉権五郎景政の居城跡だったと伝えられます。
境内掲示による五領ヶ台貝塚について
縄文時代の中ごろ(今から約五千年前)の貝塚で、「五領ヶ台式土器」の標準遺跡としてよく知られています。
大正時代以来たびたび行われた発掘調査によって、貝塚の範囲があまり大きくないことや、台地の東側と西側の暖斜面に二ヶ所の貝塚があることが明らかになっています。
この貝塚からは、土器や石器、骨角器などのほか、ダンベイキシャゴを中心に、ウミニナ、ハマグリ、マガキ、サルボウ、アサリなどの貝類が発見されています。また、クジラやイルカなどの海獣類の骨をはじめ、マダイやクロダイ、スズキ、サメなどの魚骨も出土しており、漁撈活動が盛んに行われていたことを知ることができます。
貝塚には、縄文時代の遺物が数多く残されており、当時の人々の生活を知る手がかりとなります。
相模川以西では現存する貝塚が数少なく、後世に伝えていく貴重な文化財です。
なお、この貝塚の出土品は、平塚市博物館などに展示されています。(平塚市教育委員会・神奈川県教育委員会掲示より)
五領ヶ台貝塚の周辺図