歸命山真福寺。市内唯一の浄土真宗寺院
真福寺の概要
真宗大谷派寺院の真福寺は、歸命山無量院と号します。真福寺は、釈善秀(永禄2年1559年寂)が開山となり大永5年(1525)に創建したといいます。
山号 | 歸命山 |
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院号 | 無量院 |
寺号 | 真福寺 |
本尊 | 阿弥陀如来像 |
住所 | 平塚市馬入本町14-10 |
宗派 | 真宗大谷派 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
真福寺の縁起
真福寺は、釈善秀(永禄2年1559年寂)が開山となり大永5年(1525)に創建したといいます。
新編相模国風土記稿による真福寺の縁起
(馬入村)
眞福寺
歸命山無量院と號す、一向宗(東本願寺末)、開山善秀(永禄二年八月十日卒、)本尊彌陀(畫像、實如筆)、
鐘樓。鐘は正徳三年鑄造す、(新編相模国風土記稿より)
真福寺所蔵の文化財
- 絹本着色親鸞聖人像(平塚市指定重要文化財)
- 絹本着色聖徳太子像(平塚市指定重要文化財)
- 絹本着色浄土七高僧像(平塚市指定重要文化財)
- 絹本着色蓮如上人像(平塚市指定重要文化財)
絹本着色4画像
真福寺は、大永五年(一五二五)に諸国行脚の僧釈善秀が開いたと伝える市内唯一の浄土真宗の寺院です。同寺に伝来するこれらの画像は、その作風から善秀の在世期に遡る室町時代後期の作と推定されます。
浄土真宗では、室町時代中期以降、本山の本願寺が中央集権的な勢力を強め、本堂に祀るものとして、浄土真宗の開祖である親鸞像や聖徳太子像・浄土七高僧像のほか、蓮如をはじめとする歴代門主像などの尊像を、本末の証として下付する方式を確立しました。このため浄土真宗の地方寺院には、中世までに下付されたこの種の尊像が残されている例が多く、真福寺が所蔵する四幅もその例といえるでしょう。
神奈川県内では真宗系のこの種の画像は数少なく、戦国期における真宗教団の実態を物語る資料的価値をも有しています。(平塚市教育委員会掲示より)
真福寺の周辺図
参考資料
- 新編相模国風土記稿