松岡山東慶寺。駆入寺・縁切寺
東慶寺の概要
臨済宗円覚寺派寺院の東慶寺は、松岡山と号します。東慶寺は北条時宗夫人覚山尼が開山となり弘安8年(1285)に創建、後醍醐天皇皇女の第五世用堂尼以降松ヶ岡御所と称され、明治年間までは尼寺として駆入寺また縁切寺と呼ばれていました。前円覚寺管長釈宗演禅師が中興、女性に限らず広く開放しています。鎌倉三十三観音霊場32番です。
山号 | 松岡山 |
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院号 | - |
寺号 | 東慶寺 |
本尊 | 釈迦如来像 |
住所 | 鎌倉市山ノ内1367 |
宗派 | 臨済宗円覚寺派 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
東慶寺の縁起
東慶寺は北条時宗夫人覚山尼が開山となり弘安8年(1285)に創建、後醍醐天皇皇女の第五世用堂尼以降松ヶ岡御所と称され、明治年間までは尼寺として駆入寺また縁切寺と呼ばれていました。前円覚寺管長釈宗演禅師が中興、女性に限らず広く開放しています。
東慶寺栞による東慶寺の縁起
開山は北条時宗夫人覚山尼。弘安八年(一二八五)開創。五世後醍醐天皇皇女用堂尼以来松ヶ岡御所といわれ、二十世は豊臣秀頼息女天秀尼、明治に至るまで男子禁制の尼寺で、駆入寺また縁切寺としてあまたの女人を救済した。今は前円覚寺管長釈宗演禅師を中興開山とする男僧寺。
聖観音(重文)、初音蒔絵火取母(重文)、キリシタン聖餅箱(重文)、古文書、縁切文書、禅僧の墨跡等は松ヶ岡宝庫に出陳、水月観音(県重文)は水月堂に安置。
西田幾多郎、岩波茂雄、太田水穂、和辻哲郎、三枝博音、高見純、川田順、安倍能成、鈴木大拙、小林英雄、田村俊子等の墓、前田青邨筆塚、向陵塚、佐々木信綱歌碑、四賀光子歌碑等がある。(東慶寺栞より)
東慶寺所蔵の文化財
- 聖観世音菩薩立像(重要文化財)
- 銅造雲版(鎌倉市指定文化財)
- 東慶寺文書(重要文化財)
- 初音蒔絵火取母(重要文化財)
- 葡萄蒔絵細聖餅箱(重要文化財)
- 水月観音(県重文)
- 釈宗演遺宝
東慶寺の周辺図