中島熊野神社。小田原市中町の神社
中島熊野神社の概要
中島熊野神社は、小田原市中町にある神社です。中島熊野神社の創建年代等は不詳ながら、江戸期には中島村の鎮守として祀られ、慶安3年(1650)銘の鰐口が掛けられ、當山修験の観行院が別当を勤めていたといいます。
社号 | 熊野神社 |
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祭神 | 速玉男之命 |
相殿 | - |
境内社 | 稲荷神社、天王社 |
祭日 | 10月1日 |
住所 | 小田原市中町3-4-1 |
備考 | - |
中島熊野神社の由緒
中島熊野神社の創建年代等は不詳ながら、江戸期には中島村の鎮守として祀られ、慶安3年(1650)銘の鰐口が掛けられ、當山修験の観行院が別当を勤めていたといいます。
新編相模国風土記稿による中島熊野神社の由緒
(中島村)
熊野社
村の鎮守なり、本地佛正觀音・地蔵・薬師の三軀を安ず、慶安三年の鰐口を掛く、
△末社 天王
△別當觀行院。當山修驗、(伊勢國山田世儀寺袈裟下、)本尊不動、(新編相模国風土記稿より)
神奈川県神社誌による中島熊野神社の由緒
新編相模国風土記に「中島村 熊野社 村の鎮守なり本地仏正観音地蔵薬師の三躯を安置す/慶安三年の鰐口を掛く/末社天王別当観行院当山修験伊勢国山田世/儀寺袈裟下 本尊不動」と記されている。熊野神社棟札には次のような記録がある。
(棟札省略)
大正十二年地震により半潰したが、修理と共に社殿全部の屋根を草葺より亜鉛葺にかえる。昭和六年九月十五日、五鳥井建立(コンクリート)、昭和五十二年九月二十五日、社殿・水屋・稲荷社・天王社の修復工事をなし銅板葺に改める。(「神奈川県神社誌」より)
中島熊野神社の周辺図
参考資料
- 新編相模国風土記稿