根府川寺山神社。鹿島信仰、寺山神社の鹿島踊り
根府川寺山神社の概要
根府川寺山神社は、小田原市根府川にある神社です。根府川寺山神社の創建年代等は不詳ながら、当地は「根府川石」の山地として古くから知られ、石材運搬に携わる人達が、航海に関係のある鹿島信仰が定着したのではないかとも推定されています。江戸期には根府川村の鎮守として祀られ、明治6年村社に列格、熱昭和2年には神饌幣帛料供進神社に指定されていました。当社例大祭で奉納される鹿島踊りは、神奈川県無形民俗文化財に指定されています。
社号 | 寺山神社 |
---|---|
祭神 | 武甕槌命 |
相殿 | - |
境内社 | 姥社、天王社、浅間神社、山神社、道祖神 |
祭日 | 7月第三日曜日 |
住所 | 小田原市根府川95-1 |
備考 | - |
根府川寺山神社の由緒
根府川寺山神社の創建年代等は不詳ながら、当地は「根府川石」の山地として古くから知られ、石材運搬に携わる人達が、航海に関係のある鹿島信仰が定着したのではないかとも推定されています。江戸期には根府川村の鎮守として祀られ、明治6年村社に列格、熱海線開設に伴い大正9年当地へ遷座、昭和2年には神饌幣帛料供進神社に指定されていました。
境内掲示による根府川寺山神社の由緒
寺山神社
神社の草創は不明であり、古くは寺山権現といわれてたが明治初年寺山神社と改称した。
祭神は武甕槌命であり、浅間神社、山神社の2社を鎮座している。
例大祭は7月15日であったが、近年7月の第3日曜日となった。毎年、この日鹿島踊りが神輿の宮で、宮入の際に奉納されている。
往古からこの地根府川は、通称「根府川石」の産地として知られており、これに関連する業として石船(石材運搬船)があり、これにかかわる人達が多いことから、海や船、航海に関係のある鹿島信仰が定着し、鹿島踊りも伝えられたものであろう。しかも鹿島踊りは村に入ってくる悪疫その他を退散させる効果のある踊り故、村の若い衆によって伝承されてきた。
躍りは、男子青年によってのみおこなわれるのが特徴であるが、近年後続者の育成を図るため少年も参加している。
舞態は円舞と方舞の組合せであり、人数は5行5列25人が定型である。踊りはまず太皷、鉦、三役の順序で斎庭に現われて、左回りの大きく円周を描いて一巡し、静止して弥勒歌をうたい、終って円舞・方舞を2度繰り返す。踊りは全部歌が付き、衣裳は警個と歌上げを除き白丁を着る白張り浄衣で、平礼烏帽子をかぶり白足袋、白緒の草履をはく。
なお寺山神社の鹿島踊りは、神奈川県無形民俗文化財に指定されている。(境内掲示より)
新編相模国風土記稿による根府川寺山神社の由緒
(根府川村)
寺山權現社
村の鎮守なり、祭神詳ならず、本地薬師を置、村持、下同、(新編相模国風土記稿より)
神奈川県神社誌による根府川寺山神社の由緒
沿革不詳。元寺山権現と称していたが、明治初年寺山神社と改称した。明治六年七月三十日、旧足柄県に診て村社に定められ、昭和二年六月十四日神饌幣帛供進神社に指定された。元社地は熱海線開設により鉄道用地となったため大正九年九月十五日現社地に移転した。(「神奈川県神社誌」より)
根府川寺山神社所蔵の文化財
- 寺山神社の鹿島踊り(神奈川県指定無形民俗文化財)
- 寺山神社と鹿島踊り(小田原ふるさとの原風景百選)
寺山神社と鹿島踊り
鹿島踊りは、根府川地区に伝わる神事の伝統芸能で起源は定かではないが、豊穣な生産・悪疫退散、航海の安全や村落防衛を祈祷する群舞といわれ、半農半漁の集落に生活する人々の心を結集する行事である。毎年7月の第3日曜日の寺山神社の祭礼に奉納されている。踊り手は、昔は成人男子だけだったが、1980年代から小学生が男の子も女の子も一緒に参加している。(小田原市掲示より)
根府川寺山神社の周辺図
参考資料
- 新編相模国風土記稿