走水山大泉寺。横須賀市走水にある曹洞宗寺院

猫の足あとによる神奈川県寺社案内

走水山大泉寺。三浦郡代官頭長谷川七左衛門長綱開基、三浦地蔵尊第三十番

大泉寺の概要

曹洞宗寺院の大泉寺は、走水山と号します。大泉寺は、徳川家康が関東に入国した天正18年(1590)、三浦郡代官頭となった長谷川七左衛門長綱が開基となり、逗子海宝院の伝英和尚を招いて開山したといい、翌19年(1591)には寺領2石の御朱印状を受領しています。幕末の黒船来航に際しては、海防に従事した川越藩の定宿となっていたといいます。本尊の延命地蔵尊は三浦地蔵尊第三十番、横須賀市有形文化財に指定されています。

大泉寺
大泉寺の概要
山号 走水山
院号
寺号 大泉寺
住所 横須賀市走水2-11-13
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



大泉寺の縁起

大泉寺は、徳川家康が関東に入国した天正18年(1590)、三浦郡代官頭となった長谷川七左衛門長綱が開基となり、逗子海宝院の伝英和尚を招いて開山したといい、翌19年(1591)には寺領2石の御朱印状を受領しています。幕末の黒船来航に際しては、海防に従事した川越藩の定宿となっていたといいます。

新編相模国風土記稿による大泉寺の縁起

(走水村)大泉寺
曹洞宗(沼間村海寶院末)走水山と號す、本尊地蔵を置く、中興を靈屋(寛永八年七月十九日寂す、)と云、開基は長谷川七左衛門長綱なり、天正十九年十一月寺領二石の御朱印を賜ふ。
白山社(新編相模国風土記稿より)

境内掲示による大泉寺の縁起

大泉寺(曹洞宗)
天正十八年(一五九〇)徳川家康が関東に入国した際に三浦郡代官頭・長谷川七左衛門長綱が逗子・海宝院の伝英和尚を招き開山した寺で翌年家康より御朱印二石が給付されました。
本尊は延命地蔵で室町初期作と伝わる宋風彫刻木像地蔵菩薩坐像は三浦地蔵尊第三十番に数えられ、市の文化財に指定されています。
漁村の寺にふさわしく魚篭に魚を入れた魚藍観音が祀られています。
幕末期、大津陣屋が造営されたとき江戸湾沿岸の海防に従事した川越藩の止宿となり、以後外国船出没などの非常時の際には定宿にもなりました。
墓地には川越藩士の墓が一基あります。(大津行政センター市民協働事業・大津探訪くらぶ掲示より)


大泉寺所蔵の文化財

  • 木造地蔵菩薩坐像一軀

木造地蔵菩薩坐像一軀

大泉寺は走水山と号し、曹洞宗である。当尊は本尊で、右手に錫杖、左手に宝珠を持って安坐する通形の地蔵菩薩像である。
構造は寄せ木造り、玉眼を入れ、裳裾(一分欠失)を長く垂下する。肉身部は漆箔、着衣部は溶塗りで、光背・台座および持物は後補である。
法曼は小さいものの総体に量感を失わず、吊り上りぎみの細い両眼に特色の強い面部、かなり複雑に刻んだ衣文のしわなど、いずれにもまた写実性がみとめられる。やや俯瞰的に現した膝部、波打つような衣文、垂下する裳先等に明らかに宋風彫刻の流れを汲むことをしめしている。作風からみて室町時代も初期頃鎌倉仏師が造立したとみられ、この頃の典型的な宋風彫刻として貴重な作品である。(横須賀市教育委員会掲示より)

大泉寺の周辺図


参考資料

  • 新編相模国風土記稿
  • 「横須賀市史史料」