大戸里神社|あきる野市乙津の神社

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大戸里神社|旧村社、鷲明神、鷲宮明神

大戸里神社の概要

大戸里神社は、あきる野市乙津にある神社です。大戸里神社の創建年代等は不詳ながら古くより鎮座、明徳3年(1392)に天穂日命を合祀して修築、永禄5年(1562)には八王子城主北条氏照が石燈籠を奉納したといいます。鷲明神、鷲宮明神と称していましたが、明治維新後大戸里神社と改めています。

大戸里神社
大戸里神社の概要
社号 大戸里神社
祭神 天日鷲命、天穂日命
相殿 -
境内社 稲荷神社、八坂神社
住所 あきる野市乙津294
祭日 例祭9月15日
備考 -



大戸里神社の由緒

大戸里神社の創建年代等は不詳ながら古くより鎮座、明徳3年(1392)に天穂日命を合祀して修築、永禄5年(1562)には八王子城主北条氏照が石燈籠を奉納したといいます。鷲明神、鷲宮明神と称していましたが、明治維新後大戸里神社と改めています。

東京都神社名鑑による大戸里神社の由緒

創建年代不詳。もと鷲宮大明神と称した。崇神天皇四十八年社を建て、麻穀を植えそれを織物にしたという。明徳三年(一三九二)天穂日命を合祀して修築。永禄五年(一五六二)五月、八王子城主北条氏照が祈願のため石燈籠を奉納。享保二十年(一七三五)社殿が炎上し、古記録宝物類が烏有に帰した。延享元年(一七四四)九月再建し、明治四十二年社殿を改築。同二年現社号に改め、昭和四十四年拝殿を改築。(東京都神社名鑑より)

「五日市町史」による大戸里神社の由緒

大戸里神社
乙津字落合三九四番地に鎮座する。大鳥(鷲)神社、俗称「おとり様」である。祭神は天日鷲命・天穂日命である。創立は不詳であるが、社伝によれば、古くは鷲宮大明神と称し、明徳三年(一三九二)、天穂日命を合祀して修築の儀を行い、永禄五年(一五六二)には、八王子城主北条氏照が祈願のため、石燈籠を納め、祭りを行ったというが、今は存在しない。
享保二十年(一七三五)、社殿が焼け、延享元年(一七四四)再建し、明治四十二年に現社殿を改築した。例祭日は九月二十八日。境内地は三二五坪。旧社格は村社である。(「五日市町史」より)

新編武蔵風土記稿による大戸里神社の由緒

(乙津村)
鷲明神社
除地、一畝二歩、村の東の方にあり、社は一間一尺に二間、東向、祭神は日乃子命なりと云、永禄八年二月の鎮座なりと、例祭は二月十五日、小名落合の鎮守、神主栗原對馬持、(新編武蔵風土記稿より)


大戸里神社の由緒

  • 子生神社本殿(あきる野市指定有形文化財)

子生神社本殿

江戸時代後期の弘化四年(一八四七)の建築で、構造は一間社流れ造です。屋根は薄い板を重ね合わせた「こけら葺」と呼ばれる葺き方で、軒唐破風と千鳥破風が付けられています。扁額や彫刻に記された文字から、大工「高階菊治郎邦直」や彫工「小川慶三良」の名がわかります。建築全体に渡って見事な彫刻や装飾が施され、保存状態も良く、江戸後期の本殿建築の様式を伝える社殿として貴重なものです。(あきる野市教育委員会掲示より)

大戸里神社の周辺図

参考資料

  • 新編武蔵風土記稿
  • 「五日市町史」
  • 東京都神社名鑑