山口神明社|あきる野市戸倉の神社

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山口神明社|小宮左衛門次郎直家が勧請、戸倉城の鬼門除け

山口神明社の概要

山口神明社は、あきる野市戸倉にある神社です。山口神明社は、小宮左衛門次郎直家が嘉禎2年(1236)に勧請、天文年間(1532-1555)に戸倉城主大石源左衛門尉源定久が、城の鬼門除けとして再営したといいます。

山口神明社
山口神明社の概要
社号 大鳥明社
祭神 天照皇大神、天児屋根命、素戔嗚命
相殿 -
境内社 八雲神社
住所 あきる野市戸倉464
祭日 例祭4月15日
備考 -



山口神明社の由緒

山口神明社は、小宮左衛門次郎直家が嘉禎2年(1236)に勧請、天文年間(1532-1555)に戸倉城主大石源左衛門尉源定久が、城の鬼門除けとして再営したといいます。

東京都神社名鑑による山口神明社の由緒

社伝に創立は嘉禎二年(一二三六)小宮左衛門次郎直家の勧請。同憲明が再建。天文年間(一五三二―五五)戸倉城主大石源左衛門尉源定久が、城の鬼門除けとして再営したと伝えられる。もと神明宮と称し、維新のさい神明社と改めた。(東京都神社名鑑より)

「五日市町史」による山口神明社の由緒

神明社
戸倉の山口四六四番地に鎮座する。祭神は天照大神・天児屋根命・稲取命・素戔嗚雄命である。社伝によれば、創立は嘉禎二年(一二三六)、本郷の住人小宮左衛門次郎直家が勧請したもので、小宮憲明が再建し、天文年間(一五三二~五四)、戸倉城主大石源左衛門尉が再営したと伝える。戸倉城鎮護の社で、搦手の登り口にあり、小字山口もこれに起因する。社号は古くは神明宮であったが、明治維新の際に、現在の社号に改替した。(「五日市町史」より)

新編武蔵風土記稿による山口神明社の由緒

(戸倉村)神明社
社地三十歩餘、年貢地、西戸倉の山上にあり、すなはち西戸倉の持にて、其所の産神とす、鎮座の年代を知ず、本社は東向にて覆屋あり、金幣を神體とす、又圓徑三寸ほどの古鏡二面あり、社前に木の鳥居をたつ、前に石階あり、例祭は年々二月廿一日、祠官宮本備後預る、
末社一座。
本社覆屋の内にあり、白幣を神體とす、小社なり、祭神を詳かにせず、相傳ふ、彌勒を祀れりと、思ふに別に祭神有て、彌勒は本地なるべし、これも木の鳥居をたてり、
神楽堂。石階の下にあり、(新編武蔵風土記稿より)


山口神明社の周辺図

参考資料

  • 新編武蔵風土記稿
  • 「五日市町史」