龍化山徳雲院|武蔵五日市七福神の寿老人
徳雲院の概要
臨済宗建長寺派寺院の徳雲院は、龍化山と号します。徳雲院は、光厳寺21世雲英台禅師(弘治3年1557年寂)が開山、当寺所蔵の板碑は貞和5年(1349)の銘があり、旧五日市町域では最古の板碑だといいます。武蔵五日市七福神の寿老人です。
山号 | 龍化山 |
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院号 | 徳雲院 |
寺号 | - |
住所 | あきる野市乙津511 |
宗派 | 臨済宗建長寺派 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
徳雲院の縁起
徳雲院は、光厳寺21世雲英台禅師(弘治3年1557年寂)が開山したといいます。
新編武蔵風土記稿による徳雲院の縁起
(乙津村)徳雲庵
除地、二畝二十一歩、村の東の方にあり、禅宗臨済派これも光嚴寺末、龍化山と號す、開山雲英台禅師弘治三年十二月十四日寂す、本尊薬師木の坐像、長三寸八分、客殿六間に四間なり(新編武蔵風土記稿より)
「五日市町史」による徳雲院の縁起
徳雲院
(乙津落合五二番地)臨済宗建長寺派に属し、山号を竜化山と称す。開創は明らかでないが、開山は戸倉の光厳寺二十一世雲英台禅師で、弘治三年(戦国時代・一五五七)に示寂しているので、天文中期頃の創立と推定される。江戸時代二畝二一歩の除地があったという記録のほかは寺伝の詳細を欠く。本尊は薬師如来、本堂二二坪、庫裡五坪のほか、昭和四十一年に禅堂(三二坪)を新築した。また、貞和五年(一三四九)十二月十五日の記銘の板碑があり、当町でも古いものである。境内地三〇一坪を有し、毎年七月十五日に大施餓鬼会が行われる。(「五日市町史」より)
徳雲院の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「五日市町史」