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兜塚古墳|狛江市中和泉の名所旧跡

兜塚古墳の概要

兜塚古墳は、狛江市中和泉にある名所旧跡で、狛江古墳群の一つの円墳です。兜塚古墳は、6世紀前半の築造ではないかといいます。築造年代から、亀塚古墳の次世代の盟主像だと推定されています。

兜塚古墳
兜塚古墳の概要
名称 兜塚古墳
みどころ -
区分 名所旧跡
住所 狛江市中和泉3-23
備考 -




兜塚古墳の由緒

兜塚古墳は、狛江古墳群の一つの円墳で、6世紀前半の築造ではないかといいます。築造年代から、亀塚古墳の次世代の盟主像だと推定されています。

東京都教育委員会掲示による兜塚古墳について(東京都指定史跡)

兜塚古墳
兜塚古墳は、昭和六二年(一九八七)と平成七年(一九九五)に行われた確認調査により、墳丘の残存径約四三m、周溝外端までの規模約七〇m、高さ約四mの円墳と考えられます。周溝の一部の状況から、円墳ではなく帆立貝形の古墳の可能性も指摘されています。墳丘の本格的な調査を実施していないため主体部などは良くわかっていませんが、土師器や円筒埴輪が出土しています。円筒埴輪の年代から六世紀前半の築造年代が考えられています。
兜塚を含む狛江古墳群は南武蔵で最大規模の古墳群と推定されていますが、墳丘の形状を留めているのは僅かで、本古墳は良好な状態で遺存している貴重な古墳といえます。狛江古墳群では二ヶ所の主体部が発掘調査され、神人歌舞画像鏡、鉄製刀身、玉類、金銅製馬具などが出土した亀塚古墳が有名です。亀塚古墳は五世紀後半から六世紀初頭ころの狛江古墳群の盟主墓と考えられますが、兜塚古墳は亀塚古墳の次世代の盟主墓と考えられています。(東京都教育委員会掲示より)

新編武蔵風土記稿による兜塚古墳について

(和泉村)
金堀塚
小名原にあり、一に藤塚と云は、近き頃淺間を祭れるゆへなりと、周徑十間許、高さ一丈餘、金堀の名義はしらず。
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塚三カ所
石谷某屋敷跡より南方泉龍寺大門脇につづき、鼎足の如くに並べり、其間十五間もしくは二十間に及べり、三ヶ所共に塚上には古松立り、一は熊野、一は稲荷、一は諏訪の祠を祀り、いづれも玉泉寺の持、この外畑中及び村民の屋舗内にも大さの似たる塚七ヶ所あり、共に所謂を傳へず。(新編武蔵風土記稿より)


兜塚古墳の周辺図