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光源寺|調布市西つつじヶ丘にある浄土真宗本願寺派寺院

光源寺の概要

浄土真宗本願寺派寺院の光源寺は、光明山と号します。光源寺は、佐々木専和が元和元年(一六一五)三河国に創建、のち江戸日本橋浜町に移転後、明暦の大火で罹災し、築地本願寺寺中寺として法燈をを続けたといいます。明治維新後、関東大震災により罹災、昭和3年当地へ移転したといいます。

光源寺
光源寺の概要
山号 光明山
院号 -
寺号 光源寺
本尊 -
住所 調布市西つつじヶ丘2-30-11
宗派 浄土真宗本願寺派
葬儀・墓地 -
備考 -



光源寺の縁起

光源寺は、佐々木専和が元和元年(一六一五)三河国に創建、のち江戸日本橋浜町に移転後、明暦の大火で罹災し、築地本願寺寺中寺として法燈をを続けたといいます。明治維新後、関東大震災により罹災、昭和3年当地へ移転したといいます。

「調布市百年史」による光源寺の縁起

光源寺(金子向台)
向台へ移転の三寺のうち中央にある。
光明山光源寺と称し、浄土真宗本願寺派。
<本尊阿弥陀如来>
寺伝によると、元和元年(一六一五)佐々木専和という人によって三河国に創建され、のち江戸日本橋浜町に移って法燈を掲げたが、明暦三年(一六五七)一月一八、一九の両日にわたる江戸の大火で全焼した。この大火のあと、幕府は江戸の都市計画を行ない、復興につとめたが、この計画により本寺も浜町から築地に移って、堂宇が再建された。大正一二年、大震災のため災害を受け、当時の東京市の復興都市計画によって、築地から移転することになり、堂宇再建の地を向台に定め、昭和三年五月現在地に移った。したがって檀徒の多くは旧地にあり、市内居住者はごくわずかである。
再度の火災により、寺の記録をはじめ、什物の多くを失ったが、浄土真宗中興の祖、蓮如上人真筆弥陀の名号掛軸などを所蔵している。雑木林にはクリが実り、野ウサギを見かけるところであったという。(「調布市百年史」より)

光源寺の周辺図