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明西寺|調布市若葉町にある浄土真宗本願寺派寺院

明西寺の概要

浄土真宗本願寺派寺院の明西寺は、湯嶋山と号します。明西寺は、佐々木了頓法師が江戸神田佐久間町元和八年(1622)に創建、明暦の大火により(1657)築地に移転、築地本願寺の寺中寺であったといいます。関東大震災に被災、その後の区画整理により昭和2年当地へ移転したといいます。

明西寺
明西寺の概要
山号 湯嶋山
院号 -
寺号 明西寺
本尊 -
住所 調布市若葉町1-43-5
宗派 浄土真宗本願寺派
葬儀・墓地 -
備考 -



明西寺の縁起

明西寺は、佐々木了頓法師が江戸神田佐久間町元和八年(1622)に創建、明暦の大火により(1657)築地に移転、築地本願寺の寺中寺であったといいます。関東大震災に被災、その後の区画整理により昭和2年当地へ移転したといいます。

境内掲示による明西寺の縁起

元和八年(1622)信州松本より佐々木了頓が出府し江戸神田佐久間町に創建、明暦の大火により(1657)築地に移転、関東大震災後昭和二年に当地に移住、開基以来現二十代三百八十年が経過(境内掲示より)

「調布市百年史」による明西寺の縁起

明西寺(若葉町1丁目)
湯嶋山明西寺と号し、浄土真宗本願寺派。
<開基>了頓法師
<本尊>阿弥陀如来
この寺は信州の人、了頓法師が元和元年(一六一五)江戸神田佐久間町に一宇を建立したのに始まるという。のち湯島に転じて、湯嶋山と号するようになった。
明暦三年(一六五七)の江戸大火で、浜町の御坊一帯も焼失したが、幕府の江戸市街復興にあたって築地に転じ、本願寺寺中として長くここにあった。
大正一二年、検討大震災に罹災して、昭和三年一一月に一度千歳烏山に假偶、四年二月堂宇竣工により現在地に法燈を掲げた。了頓法師創立から現住職まで一八世という。
什物の一つに『親鸞上人絵伝』(作者不明だが都の鑑定によれば約二〇〇年ほど前の作という)極彩色四幅がある。また、昭和初期、浅草橋附近の地下工事中発見された江戸時代の水道木管(二七センチ角、長さ一メートルほどのもの)を所蔵し、現在本堂裏手に燈籠形にして置かれている。(「調布市百年史」より)


明西寺の周辺図