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遍立寺|西東京市北原町にある真宗大谷派寺院

遍立寺の概要

真宗大谷派寺院の遍立寺は、朝倉山一乗院と号します。寛永5年(1628)越前一乗谷城主朝倉義景の末男朝倉信景(法名慶専法師)が江戸桜田門外に創建しました。谷中車坂、三十三間堂前浅草松葉町への移転を経て、昭和27年当地へ移転しました。

遍立寺
遍立寺の概要
山号 朝倉山
院号 一乗院
寺号 遍立寺
住所 西東京市北原町1-1-36
本尊 阿弥陀如来像
宗派 真宗大谷派
葬儀・墓地 -
備考 -



遍立寺の縁起

遍立寺は、寛永5年(1628)越前一乗谷城主朝倉義景の末男朝倉信景(法名慶専法師)が江戸桜田門外に創建しました。谷中車坂、三十三間堂前浅草松葉町への移転を経て、昭和27年当地へ移転しました。

御府内寺社備考による遍立寺の縁起

東本願寺末 浅草三十三間堂跡、朝倉山一乗院遍立寺、境内拝領地390坪余
起立者寛永年中二候哉。碇と相分り不申。外桜田辺二開地致。其後元禄年中下谷車坂下二替地被下置。右地所御用地二相成。同年代当所元三拾三間堂跡江代地被下置候。
開基権大僧都慶専。当職迄拾代。承応元壬辰年十一月十九日死去。
本堂間口6間4尺、奥行5間4尺。
本尊木仏阿弥陀如来、教如上人画像
什物。矢ノ根二本。右越前国朝倉義景所持の鏃と云。当寺者義景由緒有之故朝倉山と号す。又一乗之谷合戦之因ミ以一乗院と称す。
以上乙酉書上(御府内寺社備考より)

境内掲示による遍立寺の縁起

信景、戦乱乱世を避けて出家。本願寺12世教如上人の弟子となり江戸に入り桜田外に一宇を立て「遍立寺」と寺号を賜えりという。後「台嶽車坂下」に転じ、本願寺13世宣如上人より御本尊を賜う。
元禄11年(1698)「堂前浅草松葉町」に移る。昭和20年太平洋戦争時全焼。
昭和27年7月寺地をここに定め本堂を建て布教伝道につとむ。(境内掲示より)


遍立寺の周辺図


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参考資料
  • 御府内寺社備考