大岱稲荷神社|名主当麻氏が寛延年間に勧請
大岱稲荷神社の概要
大岱稲荷神社は、東村山市恩多町にある稲荷神社です。大岱稲荷神社は、寛延年間(1748-1751)に名主当麻氏が京都伏見稲荷を勧請して創祀したといいます。
社号 | 稲荷神社 |
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祭神 | 稲倉魂命 |
合祀 | - |
境内社 | 金比羅神社、御嶽神社、三峯神社 |
住所 | 東村山市恩多町3-33-1 |
祭日 | - |
備考 | 旧村社 |
大岱稲荷神社の由緒
大岱稲荷神社は、寛延年間(1748-1751)に名主当麻氏が京都伏見稲荷を勧請して創祀したといいます。
新編武蔵風土記稿による大岱稲荷神社の由緒
(入間郡大岱村)稲荷社
別當大泉寺。曹洞宗、多磨郡青梅村金剛寺末、稲荷山と號す、薬師を本尊とす。(新編武蔵風土記稿より)
北多摩神社誌による大岱稲荷神社の由緒
古文書によると、寛延年間當麻喜重氏の祖先、名主當麻喜太史氏が京都伏見稲荷を勘所し、当村の鎮守に祀せられた。(北多摩神社誌より)
東京都神社名鑑による大岱稲荷神社の由緒
従来不詳と称せられていたが、古文書類より察するに寛延年間(一七四八-五一)、前村長当麻喜重氏の祖先で、名主の当麻喜太夫なるものが、京都伏見稲荷大社から神霊を勧請したものである。現在の本殿は、間口二間、奥行三間半、一間社流造、杮葺の建物である。間口三間半、奥行二間の社殿の建立年代については、本殿は江戸後期、拝殿は明治初期のものと思われる。(東京都神社名鑑より)
境内掲示による大岱稲荷神社の由緒
寛延年間当麻喜重氏の祖先名主当麻喜太史氏が京都伏見稲荷を勧請し、当村の鎮守に祀せられた。毎年四月十四日例祭日といっている。(境内掲示より)
大岱稲荷神社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 北多摩神社誌(北多摩神道青年会むらさき会)
- 東京都神社名鑑