青柳稲荷神社|多摩川の大洪水により流失した青柳島から移住
青柳稲荷神社の概要
青柳稲荷神社は、国立市青柳にある神社です。青柳稲荷神社は、多摩川の大洪水により寛文11年(1671)流失した青柳島から当地に移住して開拓した当地の鎮守社だといいます。
社号 | 稲荷神社 |
---|---|
祭神 | 倉稲魂命 |
相殿 | - |
境内社 | - |
住所 | 国立市青柳236 |
祭日 | 例大祭9月9日 |
備考 | - |
青柳稲荷神社の由緒
青柳稲荷神社は、多摩川の大洪水により寛文11年(1671)流失した青柳島から当地に移住して開拓した当地青柳の鎮守社だといいます。
新編武蔵風土記稿による青柳稲荷神社の由緒
(青柳村)稲荷社
年貢地、七段二十五歩、村の南玉川の涯にあり、一間半に二間の覆屋、村の鎮守、例祭二月初午及九月九日、府中本町安養寺の持(新編武蔵風土記稿より)
東京都神社名鑑による青柳稲荷神社の由緒
不詳(東京都神社名鑑より)
国立市教育委員会掲示による青柳稲荷神社の由緒
青柳稲荷神社
青柳と石田は、明治二十二年の谷保村との合村までは、それぞれ村として独立していました。現在は「大字」としてその地名を残しています。
青柳は、その昔、今日の府中市本宿の多摩川南岸の青柳島にありました、寛文十一(一六七一)年多摩川の大洪水により青柳島は流失、現在地に移住し、青柳村を開拓しました。
石田も青柳と時を同じくして、今日の日野市石田から移住したものです。
青柳稲荷神社は、青柳、石田の鎮守であり、一間半×二間の覆屋で、二月初午、九月大祭等の例祭が行われています。(国立市教育委員会掲示より)
青柳稲荷神社所蔵の文化財
- 元青柳村の常夜燈
元青柳村の常夜燈
常夜燈は「秋葉燈」とも呼ばれ、江戸時代に村を火の事故から守るために、油屋近くに建てられたものです。火伏せの神を祀る秋葉神社(浜松市)への信仰です。
この常夜燈は市内に残る三つの常夜燈のうちの一つで、竿(塔身)には、「榛名大権現」「正一位稲荷大明神」「秋葉大権現」「寛政十一年九月 施主村中」と彫られ、寛政十一(一七九九)年に建てられたことがわかります。
昭和初期ごろまでは、村人が順番に毎日夕方、灯りを灯していたと伝えられています。(国立市教育委員会掲示より)
青柳稲荷神社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 東京都神社名鑑