慧日山円通寺|関東百八地蔵霊場、奥多摩新四国霊場
円通寺の概要
天台宗寺院の円通寺は、慧日山観音院と号します。円通寺は、讃海(天暦年間947-956寂)が開山となり創建したといいます。天正19年(1591)徳川家康より寺領10石の御朱印状を拝領、近郷に数多くの塔頭・末寺・門徒寺を擁する中本寺格の寺院だったといいます。奥多摩新四国霊場21番、関東百八地蔵霊場103番です。
山号 | 慧日山 |
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院号 | 観音院 |
寺号 | 円通寺 |
住所 | 八王子市高月町1158 |
宗派 | 天台宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
円通寺の縁起
円通寺は、讃海(天暦年間947-956寂)が開山となり創建したといいます。天正19年(1591)徳川家康より寺領10石の御朱印状を拝領、近郷に数多くの塔頭・末寺・門徒寺を擁する中本寺格の寺院だったといいます。
新編武蔵風土記稿による円通寺の縁起
(上高月村附瀧村)圓通寺
村の東南にて山際よりにあり、天正年中寺領十石の御朱印を賜ふ、天台宗、東叡山の末、惠日山観音院と號す、本尊正観音木の坐像にて、長一尺許り、定朝の作なりと云、開山讃海は叡山の惠良が法弟にて、天暦の年間正月十八日示寂せりと、中興は慈眼大師の法孫尊泰寛文三年三月八日寂すと云、客殿七間に十二間半なり、末寺八ヶ寺門徒二十ヶ寺あり。
表門。一丈に六尺。
鐘楼。客殿の東の方にあり、九尺四方、文化二年鋳造の鐘をかかぐ。
寺寶。慈眼大師袈裟一領。
東照宮山王社。境内にあり、東向又境内に元弘二年三月八日とみえたる碑一基是あり。
塔頭。
興善院。除地、五畝、村の中ほどにあり本尊勢至坐像にして、長一尺、客殿六間半に四間。
大善院。除地、六畝、圓通寺の後の方にありて則同寺の末なり。開山詳ならず、本尊は彌陀の坐像にて、長一尺八寸程、客殿七間に七間半。(新編武蔵風土記稿より)
「八王子市史」による円通寺の縁起
円通寺(高月村―高月町一、一五八)
恵日山観音院と号し、本尊聖観音、開山は讃海(天暦年中 九四七~九五六 一月一八日寂)と伝えられるが、明らかではない。中興開山は尊泰(寛文三年 一六六三 三月八日寂)である。現在の寺地に移るまでは西多摩郡戸倉・山田・草花・二ノ宮・熊川などの各地を転々としたと伝えられるが、詳細は不明である。現寺地は修験喜見坊の旧跡であるといわれる。天正一九年(一五九一)一一月御朱印一〇石を賜わったが、延宝(一六七三~一六八〇)・天和(一六八一~一六八三)のころ火災にかかり、天保三年(一八三二)および安政四年(一八五七)再建の本堂および庫裡は昭和二〇年七月六日戦災により焼失した。塔中に興善院・大善院および不動院の三ヵ寺があった。(「八王子市史」より)
円通寺の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「八王子市史」