常楽寺|多摩川三十三観音霊場
常楽寺の概要
天台宗寺院の常楽寺は、樹光山浄土院と号します。常楽寺の創建年代は不詳ですが、行基菩薩の創建とも慈覚大師の創建と伝えられます。僧良順が永禄元年(1558)に中興、寺領7石5斗の御朱印を拝領したといいます。多摩川三十三観音霊場16番です。
山号 | 樹光山 |
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院号 | 浄土院 |
寺号 | 常楽寺 |
本尊 | 阿弥陀如来坐像 |
宗派 | 天台宗 |
住所 | 稲城市東長沼2117-2 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | 多摩川三十三観音霊場16番 |
常楽寺の縁起
常楽寺の創建年代は不詳ですが、行基菩薩の創建とも慈覚大師の創建と伝えられます。僧良順が永禄元年(1558)に中興、寺領7石5斗の御朱印を拝領したといいます。
新編武蔵風土記稿による常楽寺の縁起
(長沼村)常楽寺
本郷にあり。樹光山浄土院と号す。天台宗にて、これも安養寺の末山なり。開山は慈覚大師なり。或はいふそれよりさき、行基菩薩巳に草創せしと。されど慈覚大師は宗祖傳教大師の嗣にして、行基もまた高名の僧なれば、傳へを失ひしを、かく妄説をなせしにあらずや。寺領七石五斗の御朱印を賜へり。
表門。境内へ入る方にあり、北向きなり。
中門。四足門なり、東に向ふ。
客殿。これも東向なり。六間に五間半、本尊地蔵長五尺ばかり。坐像也。
阿弥陀堂。四間四面。弥陀は行基菩薩の作なりと云。坐像にして八寸ほど、左右観音勢至の二像を安す。
茶臼山。阿弥陀堂の右なり。昔行基この所にて弥陀を作りしと云傳ふ。(新編武蔵風土記稿より)
常楽寺所蔵の文化財
- 地蔵菩薩塔(稲城市指定文化財)
- 阿弥陀三尊像(東京都指定文化財)
- 閻魔王坐像(東京都指定文化財)
地蔵菩薩塔
地蔵菩薩は、現世におけるさまざまな苦しみばかりでなく、地獄におちて苦しんでいるようなし死後の世界の苦しみをも救う仏として信仰されてきた。仏教の説く諸菩薩の中でも、観世音菩薩とともに非常に多くの人たちに信仰され、特に江戸時代になると石仏が盛んに造立されるようになった。
この地蔵菩薩塔は、寛文四年(1664)に長沼村下新田の人たちによって建てられ、市内に現存する最古のものである。「念仏供養想衆十人庚申供養想衆七人」という銘文から、当時の農村に広がりつつあった庚申信仰とも結びついていることがわかる。青面金剛が主尊として一般化する以前の、古い庚申信仰のようすをも示している。(東京都教育委員会掲示より)
常楽寺の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿