木野下神社|旧称熊野大権現
木野下神社の概要
木野下神社は、青梅市木野下にある神社です。木野下神社の創建年代等は不詳ながら、古くは熊野大権現と称していたといいます。明治3年木下神社と改称、明治9年村社に列格、大正11年八幡神社を合祀したといいます。
社号 | 木野下神社 |
---|---|
祭神 | 誉田別天王、速玉之男命、熊野樟日命、伊弉那岐命、伊弉那美命 |
相殿 | - |
境外社 | 稲荷神社 |
住所 | 青梅市木野下1-467 |
祭日 | 4月3日 |
備考 | - |
木野下神社の由緒
木野下神社の創建年代等は不詳ながら、古くは熊野大権現と称していたといいます。明治3年木下神社と改称、明治9年村社に列格、大正11年八幡神社を合祀したといいます。
新編武蔵風土記稿による木野下神社の由緒
(木ノ下村)
八幡社
見捨地、一段許、村の西にあり、小祠南向、椎の木圍一丈ばかり、これを神木となせり。
神明宮
見捨地、四歩、是も村に西の方なり、小祠にて東向
白鬚明神社
見捨地、五畝、村の北山中にあり、小祠西向
○熊野権現社
見捨地、一段五畝、村の東の方によりてあり、本社三尺に五尺、上屋九尺に二間東向、前に石階あり、都て四十一段、例祭九月十九日、四社ともに村民の持。(新編武蔵風土記稿より)
東京都神社名鑑による木野下神社の由緒
創建年月不詳。熊野神社と呼ばれ、古くは熊野大権現と称した。徳川以前の創立と思われるが、寛文八年(一六六八)四月、本村査縄のさい見捨地とされ、以後久しく荒廃していたが、明治三年三月に木野下神社と改称した。同九年神仏分離を期に熊野神社と改称した。さらに大正十一年八幡神社を合祀し、再度木野下神社と改めた。(東京都神社名鑑より)
「青梅市史」による木野下神社の由緒
木野下神社
木下(現・木野下一丁目)に鎮座する。祭神は誉田別天皇、速玉之男命、熊野樟日命、伊弉那岐命、伊弉那美命で、例祭は四月三日である。創建年代は不明であるが、古くは熊野大権現と称した。その後熊野神社と改称し、寛文八年(一六六八)当地検地の際、境内が見捨地とされ、明治三年に木下神社と改称した。同九年、村社に列格し、大正十一年、八幡神社を合祀した。境内面積は二〇九・一〇坪(六九〇平方メートル)である。(「青梅市史」より)
木野下神社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 東京都神社名鑑
- 青梅市史