千賀八雲神社|江戸時代に津島牛頭天王社を勧請
千賀八雲神社の概要
千賀八雲神社は、青梅市成木にある神社です。千賀八雲神社の創建年代等は不詳ながら、江戸時代に津島牛頭天王社を勧請して創建、明治2年八雲神社と改称、明治10年村社に列格していました。
社号 | 八雲神社 |
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祭神 | 素戔嗚尊 |
相殿 | - |
境外社 | - |
住所 | 青梅市成木5丁目 |
祭日 | - |
備考 | - |
千賀八雲神社の由緒
千賀八雲神社の創建年代等は不詳ながら、江戸時代に津島牛頭天王社を勧請して創建、明治2年八雲神社と改称、明治10年村社に列格していました。
新編武蔵風土記稿による千賀八雲神社の由緒
(下成木村)
小名ちが村、南の方にあり、(新編武蔵風土記稿より)
「青梅市史」による千賀八雲神社の由緒
八雲神社
下成木上分(現・成木五丁目)に鎮座する。祭神は素戔嗚命を祀る。例祭は九月十日である。創建は不詳。
江戸時代には牛頭天王と称し、尾州愛知郡津島神社の分霊を祀ったと伝える。明治二年、現在の社名に改称。同十年、村社に列格する。境内面積は一四〇坪(四六二平方㍍)である。(「青梅市史」より)
「西多摩郡村誌」による千賀八雲神社の由緒
下成木村上分村
山
天王山
元標ヨリ午ノ方、字千賀村ニアリ。山脈千賀村嶺ヨリ冨岡村ヘ連絡スル支脈ノ岬ニテ一堆ノ松林中ニ八坂神社ノ社アリ。故ニ山名トナス。山麓ヨリ攀登スルコト二丁程ニシテ社前ニ達ス。
神社
八雲神社
村社。社地縦二十一間、横七間、面積百四十七坪。元標ヨリ午ノ方、字千賀村十六番ノ官有地ニアリ。素戔嗚命、武内宿禰命、疱瘡神ノ三柱ヲ祭ル。鎮座起原ハ天保年間(干支月日を缼ク)ニテ、尾張國愛知郡津島神社ノ分社ナリ。元祇園牛頭天王ト稱ス。維新ノ際、社號改替ス。社地ハ朶山ノ岬ニテ村民天王山と稱フ。一堆ノ松林ニテ緑葉蒼翠然ト繁茂ス。例祭八月一日。山麓ニ假殿ヲ構ヘ神輿渡御シテ祭祀ヲ修ス。教導職試補高木昌賢兼勤奉仕ス。(「西多摩郡村誌」より)
千賀八雲神社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「青梅市史」
- 西多摩郡村誌