藤橋城跡。曲輪と土塁等が残された平山越前守の居館跡跡
藤橋城跡の概要
藤橋城跡は、青梅市藤橋にある名所旧跡です。藤橋城跡は東西70m、南北60mの曲輪と土塁等が残された城跡で、戦国時代の平山越前守の居館跡だといいます。
名称 | 藤橋城跡 |
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見どころ | 城跡 |
入場時間 | - |
入場料 | 無料 |
住所 | 青梅市藤橋2藤橋城跡公園 |
備考 | - |
藤橋城跡の由来
藤橋城跡は東西70m、南北60mの曲輪と土塁等が残された城跡で、戦国時代の平山越前守の居館跡だといいます。
新編武蔵風土記稿による藤橋城跡について
(藤橋村)壘蹟古城蹟
東西凡二十歩、南北五十歩餘の地をいふ、村の北の方にあり、往昔平山越前守といふ者住居せしと云つとふ、その事跡をつまびらかにせず。(新編武蔵風土記稿より)
青梅市教育委員会掲示による藤橋城跡について
現存する遺構は、東西七〇メートルx南北六〇メートルの曲輪と付属する腰曲輪、土塁、空堀等であり旧態をとどめている。
『武蔵名勝図会』(文政三年・一八二〇)に、次のように記されている。「平山越前守虎吉という人の居住の地なり。この平山氏は北条氏照に仕えたる人なり。平山右衛門大夫・同伊賀守などは檜原村に城跡あり。又、平井村・大久野村あたりは平山氏が旧跡なれば、この越前守もその一族なるべし。ここは土居を廻らし、城跡もありて、その内の広さ東西二十間余、南北凡そ五十間程、入り口の城戸門跡と覚しきところは南向きにて、すべて平地なり。西より北へ廻らして今井村の水田に臨み、霞川の流れを帯びたり。この辺は崖にして高さ二丈あまりなり」。(青梅市教育委員会掲示より)
藤橋城跡の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿