大平遺跡|縄文時代前期および縄文時代中期の集落跡
大平遺跡の概要
大平遺跡は、青梅市沢井にある名所旧跡です。大平遺跡は、縄文時代前期および縄文時代中期の集落跡で、トイレ・防火水槽建設工事に伴う調査により青梅市内では最も古い住居跡だといいます。当時は多摩川が眼前を流れ、(雲慶院に残っているように)湧水にも恵まれていたことから、当地が生活に適した地だったのではないかと推定されています。
名称 | 大平遺跡 |
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みどころ | 史跡 |
入場時間 | - |
入場料 | 無料 |
住所 | 青梅市沢井2丁目沢井駅前広場 |
備考 | - |
大平遺跡の由緒
大平遺跡は、縄文時代前期および縄文時代中期の集落跡で、トイレ・防火水槽建設工事に伴う調査により青梅市内では最も古い住居跡だといいます。当時は多摩川が眼前を流れ、(雲慶院に残っているように)湧水にも恵まれていたことから、当地が生活に適した地だったのではないかと推定されています。
東京都教育委員会掲示による大平遺跡について
大平遺跡について
大平遺跡はJR沢井駅を中心に、多摩川と平行して東西に広い河岸段丘上に所在します。多摩川までは約四十メートルの高低差がありますが、ローム層の堆積がないことから今からおよそ一万年前までは多摩川であったと思われ、今回発掘された遺構遺物によって縄文時代早期(およそ七千年前)にはすでに生活を営むことができる地形が形成されていたものと考えられます。
平成三年五月の確認調査、同七月~九月に行われたトイレおよび防火水槽建設工事に伴う調査大正面積一六六平方メートルの一部の本発掘調査によって、縄文時代前期および縄文時代中期の集落の存在が明らかととなり、そのうち前期(およそ五千年前)の住居跡一軒と中期(およそ四千年前)の土壙三十六基が調査されました。前記の住居跡は、集石炉や埋甕二基をもった一辺約六メートルの隅丸台形を呈した珍しい竪穴住居で、また出土遺物も豊富で、土器型式によると黒浜式期~諸磯a式期に相当し、市内では最も古い住居跡の発見(平成四年現在)となり、主柱穴が八本確認されたため少なくとも一度は住居の建て直しがなされたものと推定されます。中期の住居跡は、直径約五メートルの楕円形の竪穴住居跡で、ほぼ中央部に埋甕炉を配した当時としては、典型的な形態です。出土した土器は勝坂式に属し、埋甕炉が二基と主柱や周溝の数等から三回の建て直しが行われたものと推定されます。土壙は当時のお墓等と考えられていますが、長さ一メートル深さ五十センチメートル前後の楕円形や円形のものが多く、覆土から石斧、スクレーバー、土器等の当時の生活道具が多く出土しました。
こうした事実から、雲慶院に今も残る湧水や周辺の地形は当時の生活に最も適した地域であり、また、交易の拠点となる縄文時代前期および中期の集落が営まれていたことが判明しました。
公園内で本調査の行われていない場所には今だ縄文時代中期の住居跡や前記の土壙等の遺構とそれに伴う多くの遺物が未調査のまま保存されています。(境内掲示より)
大平遺跡の周辺図