沢井薬師堂|青梅市沢井にある寺院

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沢井薬師堂|常保寺管理の十一面堂・観音堂

沢井薬師堂の概要

沢井薬師堂は、青梅市沢井にある薬師堂です。沢井薬師堂の創建年代等は不詳ながら、多摩川から引き揚げられた薬師如来像を本尊とし、古くより地元での尊崇を受けてきたといいます。当所の小澤太兵衛氏が寛保2年(1742)に薬師堂を再建、明治時代は運慶院が管理していたといいます。

沢井薬師堂
沢井薬師堂の概要
山号 -
院号 -
寺号 -
住所 青梅市沢井2-629
宗派 -
葬儀・墓地 -
備考 -



沢井薬師堂の縁起

沢井薬師堂の創建年代等は不詳ながら、多摩川から引き揚げられた薬師如来像を本尊とし、古くより地元での尊崇を受けてきたといいます。当所の小澤太兵衛氏(現澤乃井酒造家)が寛保2年(1742)に薬師堂を再建、明治時代は運慶院が管理していたといいます。

新編武蔵風土記稿による沢井薬師堂の縁起

(澤井村)
該当記載なし(新編武蔵風土記稿より)

「西多摩郡村誌」による沢井薬師堂の縁起

薬師堂
運慶院ニ屬ス。堂地縦東西拾五間、横十二間。面積百八拾坪。中央ヨリ東南ノ方、下分字塚瀬六百廿九番、山林戸長小澤太平所有地ノ内ニアリ。開基創建ノ年號干支未詳ナラズ。寛保ノ頃、小澤太兵衛某、地所若干ヲ寄附シ之ヲ再興ス。當時願主ハ明光寺(新義真言宗、今廃寺トナル)四世源盛法印ナリ。境内ニハ古木ノ杉十餘株鬱蒼ト繁茂ス。
堂。方二間半。茅葺、南向ナリ。正面壇上ニ座像木佛ノ薬師、長一尺三寸、臺座後光トモニ長二尺四寸ナルヲ安置ス。古昔、玉川ノ水中ヨリ土人ノ網ニテ引揚シト云。弘法大師ノ作。薬師ノ小像ヲ腹中ニ籠置シニ、或年六十六部ノ回國ノ行者ヲ居キシニ、其頃失タリト云テ今ハナシ。立身木像ノ日光月光共ニ長一尺二寸ナルヲ安置シ、マタ十二神将ノ木像、共ニ長六寸五トナルヲ排列ス。
版札二枚。一ハ長一尺九寸五ト、幅五寸八ト。奉建立薬師如来宮殿六親眷属七世父母幷當村助力之善男善女爲頓證菩提也維時正徳五乙未歳九月吉日願主一譽念稱、ト記セリ。一ハ長一尺八寸、幅二尺九寸七トノ横板ニテ、當武澤井村立久保薬師堂者其開闢乎不知謂何時也本尊弘法大師之制作而靈驗惟夥矣□相傳云往昔有漁人或夜降于丹波川抛網於水中俄然而水底鳴動光明燦爛而照徹兩岸相映(中略)再營志一鉢之生涯無如何之于奥塚瀬村有謂小澤太兵衛人觀堂白心居士其之法名也材世之日厚歸依三宝親勤事善知識預爲修造料於其林麓杉山永代被寄附之寛保二壬戌夏賣之得金十六兩其不足所堂前之樹木賣之補之尊堂建立於于茲成就餘志願時至而満足欣喜以何加之哉此智也四山峩々而樹色捜藍翠壹谿滔々瀑泉激波而潔魏然秀于山腰者尊堂也(中略)寛保二壬戌夏吉祥日願主明光寺四世權大僧都源盛法印雲慶院八世賢龍叟記焉、ト記載セリ。
石階。上ハ八級、中ハ十六級、下ハ十級、共に玉川石ニテ畳ム。
額。壹面。瑠璃閣ト記ス。積雪ノ書ナり。堂ノ廂下ニ掲ク。(「西多摩郡村誌」より)


沢井薬師堂の周辺図


参考資料

  • 「青梅市史」
  • 「西多摩郡村誌」