本村神明社|横浜市旭区本村町の神社

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本村神明社|伊勢神宮が影向した地、二俣川村及び今宿村の総鎮

本村神明社の概要

本村神明社は、横浜市旭区本村町にある神社です。本村神明社の創建年代等は不詳ながら、伊勢神宮が天禄元年(970)当地武蔵国御厨郷榛谷の地に影向、それより川井に、次いで二俣川に遷御せられた際の地が当社だともいいます。江戸期には二俣川村及び今宿村の総鎮守として祀られ、昭和7年には村社に列格していました。

本村神明社
本村神明社の概要
社号 神明社
祭神 天照大神
相殿 -
境内社 -
住所 横浜市旭区本村町39
祭日 例大祭9月8日
備考 -



本村神明社の由緒

本村神明社の創建年代等は不詳ながら、伊勢神宮が天禄元年(970)当地武蔵国御厨郷榛谷の地に影向、それより川井に、次いで二俣川に遷御せられた際の地が当社だともいいます。江戸期には二俣川村及び今宿村の総鎮守として祀られ、昭和7年には村社に列格していました。

新編武蔵風土記稿による本村神明社の由緒

(二俣川村)
神明社
除地、一段、村の艮の方下膳部の内にあり、寛永十九年宅間三十郎檀那として、造立せし棟札あり、この時よりの鎮座なるにや、村内字二又川及び今宿村等の惣鎮守なり、社は二間に三間、巽向なり、例祭九月十一日、村持。(新編武蔵風土記稿より)

「神奈川県神社誌」による本村神明社の由緒

天禄元年(九七〇)、伊勢神宮が当地武蔵国御厨郷榛谷の地に影向し給い、それより川井に移御せられ、又二俣川に遷御せられたが、この二俣川本村の宮を仮宿と号した。即ち当社であるが、神威はなはだ厚く、二俣川地区には当社を基として神明社を称する社は六社を算える。明細帳には寛永八年三月宅間伊織の創建と記し、同十九年三月領主宅間三十郎社殿造立の棟札を伝えている。昭和七年村社に列せられた。(「神奈川県神社誌」より)

「旭区郷土史」による本村神明社の由緒

神明社(本村町39)
『寛永八年(一六三一)宅間伊織創建』と昭和十二年の「神社明細帳」の「由緒」の欄に記されている。「風土記稿」には『除地、一段、村の艮の方下膳部の内にあり、寛永十九年宅間三十郎檀那として、造立せし棟札あり、この時よりの鎮座なるにや、村内字二又川及び今宿村等の惣鎮守なり、社は二間に三間、巽向なり、例祭九月十一日、村持』とある。
また、保土ケ谷区の神戸神明社の縁起に天禄元年(九七〇9に榛ケ谷の峯に影向があったと記してある。その後川井へ移り、更に二俣川に鎮座し、又、保土ケ谷の宮林へ移ったので、二俣川の宮を仮宿と称した。そして、その後神託があり、神戸に鎮座したともある。この仮宿を中心として、この神霊に対する信仰を持続し、今日に至った。
明治四二年に又口神明宮を合祀した。(「旭区郷土史」より)


本村神明社の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿
  • 「神奈川県神社誌」
  • 「旭区郷土史」