川井宿八幡神社|横浜市旭区川井宿町の神社

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川井宿八幡神社|源義家が奥州征伐後に当社を創建

川井宿八幡神社の概要

川井宿八幡神社は、横浜市旭区川井宿町にある神社です。川井宿八幡神社は、源義家が康平年間(1058-1064)の奥州征伐に際して当地で弓矢を練り八幡神に祈誓、凱旋後に当社を創建したといいます。

川井宿八幡神社
川井宿八幡神社の概要
社号 八幡神社
祭神 応神天皇
相殿 -
境内社 -
住所 横浜市旭区川井宿町66-1
祭日 例大祭9月10日
備考 -



川井宿八幡神社の由緒

川井宿八幡神社は、源義家が康平年間(1058-1064)の奥州征伐に際して当地で弓矢を練り八幡神に祈誓、凱旋後に当社を創建したといいます。

新編武蔵風土記稿による川井宿八幡神社の由緒

(川井村)
八幡社
除地、七畝二十四歩、村の東の方にあり、社は二間に二間半坤に向ふ、前に鳥居を立、神體は弓箭をとりし形にて、彩色を加たる像なり、長八寸ばかり、例祭年々九月にして其日を定めず、上川井村長源寺の持。(新編武蔵風土記稿より)

「神奈川県神社誌」による川井宿八幡神社の由緒

康平年中、源義家奥州征伐の途次、当地において弓矢を練り、守本尊たる八幡大神を祀って戦勝を祈願したが、やがて無事凱旋にあたり、当社を創立し奥州平定を奉告したという。当社を古く矢場八幡宮と称し、また当地を字矢場と称したのはこれに由来する。義家公手植の松と伝える巨大な松の御神木は、昭和二十四年虫害のため伐採された。(「神奈川県神社誌」より)

「旭区郷土史」による川井宿八幡神社の由緒

八幡神社(川井宿町66-1)
創建年代は定かではないがロ伝によると八幡太郎義家が後三年の役(一〇八三~一〇八七)に奥州へ向かう途中、この地の近くに矢場をつくり弓矢の鍛錬をすると共に、自分の守本尊をその場に祭り、戦勝の祈願をした。そして、戦勝のお礼にこの地に社を建立したという。(「旭区郷土史」より)


川井宿八幡神社の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿
  • 「神奈川県神社誌」
  • 「旭区郷土史」