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熊野神社|横浜市港北区日吉の神社

熊野神社の概要

熊野神社は、横浜市港北区日吉にある神社です。熊野神社の創建年代は不詳ながら、古くからの勧請ではないかといいます。大正12年の社殿改築に際して山王社、赤城社を合祀しています。

熊野神社
熊野神社の概要
社号 熊野神社
祭神 伊弉那岐命、伊弉那美命、事解男命、速玉男命
相殿 -
境内社 稲荷神社、浅間神社、八幡宮、水天宮
住所 横浜市港北区日吉5-18-1
祭日 10月10日
備考 -



熊野神社の由緒

熊野神社の創建年代は不詳ながら、古くからの勧請ではないかといいます。大正12年の社殿改築に際して山王社、赤城社を合祀しています。

新編武蔵風土記稿による熊野神社の由緒

(矢上村)
熊野社
村の中ほど丘の半腹にあり、社地に古松生茂りて古き宮地とみゆ、例祭毎年七月二十一日、同郡平村の神職小泉信濃来りて祭事にあづかれり、讀経のことは村内保福寺のうけたまはりなり。
山王社
浅間社の向にあり、是も小祠なり、保福寺持。
赤城社
是も同じ邊丘上にあり同寺持。 (新編武蔵風土記稿より)

神奈川県神社誌による熊野神社の由緒

創立年代は詳らかではないが武蔵風土記稿に「熊野社、村の中ほど丘の半腹にあり、社地に古松茂り古き宮地とみゆ」と記され、篤い崇敬を集め、社伝の改築は、天保五年、大正十二年、昭和四十九年現在の社殿に改築された。(神奈川県神社誌より)

境内石碑による熊野神社の由緒

當熊野神社は熊野三社大権現と稱し創建の演題詳ならず蔵風土記に當社は、村の中ほど丘の半腹にあり、社地に古松茂り古き宮地とみゆ、と以て古き勧請なるを知る。舊社殿は天保五年四月當所の大工初代天野猶右衛門の工に成り、其後大正十二年四月同家第三代大工天野鈴太郎に依り大修理を加へ茅葺屋根を銅板葺に改む。同年赤城大明神並に山王大権現の二社を合祀せり。かくて星霜百散十年風雪に堪え関東大震災及び大東亜戦争にも些の災禍なく蒼古の社殿は當郷氏子の誇なりしが、爾後無頼の徒横行し心無き仕業に社殿屡々破損し修理を加へしも終には補修不可能の状態にまで重破損せり。依て氏子総員は都首協議の結果神域社殿を根本的に回収することに一決し、新たに建設委員を選出して直ちに實施に着手す。(境内石碑より)


熊野神社の周辺図