蓮華寺。横浜市港北区新羽町にある新義真言宗寺院

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新照山蓮華寺。都筑橘樹十二薬師霊場

蓮華寺の概要

新義真言宗寺院の蓮華寺は、新照山と号します。蓮華寺の創建年代等は不詳ながら、朝譽(永禄年間1558-1570の人)が開山したといいます。都筑橘樹十二薬師霊場1番です。

蓮華寺
蓮華寺の概要
山号 新照山
院号 -
寺号 蓮華寺
住所 横浜市港北区新羽町3952
宗派 新義真言宗
葬儀・墓地 -
備考 -



蓮華寺の縁起

蓮華寺の創建年代等は不詳ながら、朝譽(永禄年間1558-1570の人)が開山したといいます。

新編武蔵風土記稿による蓮華寺の縁起

(新羽村)蓮花寺
除地、一段四畝、村の乾の隅にあり、新義真言宗、岡上村東光院末、泰榮山と號す、客殿六間に五間南向なり、本尊大日、坐像長九寸許、腹内に行基の作の大日を納むと云、廿年前回禄にかかりて堂舎以下烏有となりしとき、舊記も失ひて詳なることは傳へず、ただ開山朝譽永禄年中の人なりと云ことのみ語り傳へり、又墓所に石碑あり、後世より建しものなれど、夫にも諡を刻し、二月十五日とあり、當寺は昔わづかなる草庵にして、村内専念寺の隠居所なりしを、後一宇となして又改宗せりとぞ。
薬師堂。境内に入りて左にあり、三間四方なり、木の立像長八寸許、恵心の作なりと云、いかにも古佛のさまにて、すべて虫喰み面目もあざやかならず。此所より坤の方に字引地と云所あり、そのさま塚の如くにして僅の除地なり、これ元の薬師堂の跡と云、この所は隣村大熊村の地續にかかれる所なれば、もと大熊村につきたる薬師なりとも云り、後に當村に引移せし故、引地の唱も起ると云う、いづれが是なることを知ず。(新編武蔵風土記稿より)


蓮華寺の周辺図

参考資料

  • 新編武蔵風土記稿