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中里熊野神社|横浜市南区中里の神社

中里熊野神社の概要

中里熊野神社は、横浜市南区中里にある熊野神社です。中里熊野神社の創建年代等は不詳ながら、武・相国境に近い小名瀧前の山頂に鎮座、中里村の鎮守社だったといいます。明治14年若宮八幡宮に合祀されたものの、昭和36年還座したといいます。

中里熊野神社
中里熊野神社の概要
社号 熊野神社
祭神 熊野坐大神、事解男命
相殿 -
境内社 -
住所 横浜市南区中里3-4-25
祭日 例大祭9月16日
備考 -



中里熊野神社の由緒

中里熊野神社の創建年代等は不詳ながら、武・相国境に近い小名瀧前の山頂に鎮座、中里村の鎮守社だったといいます。明治14年若宮八幡宮に合祀されたものの、昭和36年還座したといいます。

新編武蔵風土記稿による中里熊野神社の由緒

(中里村)
熊野社
除地、一段、小名瀧前にて相州によりし方の山頂にあり、村の鎮守なり、社は三尺五寸に七尺、上屋二間半に三間なり、例祭は九月十六日、西光寺の持。(新編武蔵風土記稿より)

「神奈川県神社名鑑」による中里熊野神社の由緒

記載なし(「神奈川県神社名鑑」より)

「南区の歴史」による中里熊野神社の由緒

むかしは武・相国境に近い小名瀧前の山頂にあって、中里村の鎮守であった。創建年代不明、天下泰平五穀豊穣を祈る社として文化、文政の頃は社殿間口三尺五寸、奥行七尺、上屋間口二間半、奥行三間であって神仏分離以前は西光寺が別当をつとめていた。明治四一年一一月二五日大岡一丁目五番地(現)若宮八幡宮に合祀されたが、その後も土地の人々は小祠を建て、祭礼を営んでいた。昭和三六年一月に中里町の鎮守に再び迎え、昭和四二年一〇月七日新社殿、拝殿間口三間半、奥行二間廻廊付。本殿一間四方を新築、新社殿落成遷宮式を執行した。昭和四三年一二月には石の神明型鳥居を熊野神社建設委員会によって建立。昭和四二年九月油科五郎丸より「熊野神社」の石柱(三一センチ角、高さ二メートル三七センチ)が八五段の石段の入口に奉納され、昭和四六年八月に社殿の周囲に玉垣も寄進されて、独立した鎮守社の形が整備された。(「南区の歴史」より)


中里熊野神社の周辺図


参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「神奈川県神社名鑑」
  • 「南区の歴史」(南区の歴史発刊実行委員会)