燈明寺。横浜市戸塚区小雀町にある臨済宗円覚寺派寺院

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金龍山燈明寺。横浜市戸塚区小雀町

燈明寺の概要

臨済宗円覚寺派寺院の燈明寺は、金龍山と号します。燈明寺は、円仲省鏡(応永12年1406年寂)が明徳年間(1391)に創建したといいます。

燈明寺
燈明寺の概要
山号 金龍山
院号 -
寺号 燈明寺
本尊 釈迦如来像
住所 横浜市戸塚区小雀町1160
宗派 臨済宗円覚寺派
葬儀・墓地 -
備考 -



燈明寺の縁起

燈明寺は、円仲省鏡(応永12年1406年寂)が明徳年間(1391)に創建したといいます。

新編相模国風土記稿による燈明寺の縁起

(小雀村)
燈明寺
金龍山と號す、臨済宗(鎌倉圓覺寺末)開山は省鏡と云ふ(應永十二年十月二十四日寂す、)本尊三尊彌陀(長二尺五寸運慶作)を安ず、五神合社、稲荷・石尊・金毘羅・天神・秋葉の五座を祀る、
杉照靈神社。杉浦八郎五郎勝吉の靈を祀る、子孫八郎五郎勝尚安永二年小社を江戸の下弟に建て、勝吉の靈を祀る、其子八郎五郎勝受天明八年十年十一月勝吉終焉の地に就て當社を創し村内にて供免(五石九斗九升三合)を附すとなり。
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彌陀堂
壽量軒の號あり、石像を置く、康元二年六月十九日と鐫る、燈明寺持。(新編相模国風土記稿より)

「戸塚区郷土史」による燈明寺の縁起

灯明寺(小雀町一一六〇番地)臨済宗
当寺は明徳年間(一三九一)円仲省鏡(応永十二年十月二十四日寂)によって創建された寺院で、鎌倉円覚寺の末寺。本尊に阿弥陀如来、脇仏に観音、勢至(伝運慶作)を安置している。扁額は徳川五代将軍綱吉に招かれて朝鮮国の書を大成したといわれる佐文山の筆である。寛政五年住持梁州により、本堂庫裏山門が旧寺地に建立せられたが、大正十二年の大震災のため、門をのこし諸堂宇倒壊、以来殿ヶ谷の仮堂に在ること四十年、このたび町の中央小高き岡に霊地を選定、昭和四十年三月二十八日壱千余坪の地に本堂・庫裏等の寺門を再建した。境内に中村汀女の句碑がある。(「戸塚区郷土史」より)


燈明寺の周辺図


参考資料

  • 新編相模国風土記稿